1.はじめに
民法改正の動きが出てきました。115年ぶりの改正だそうです。
今回の改正は民法の債権法の分野の大幅改正を目指したものです。2011年の改正を予定しているそうです。
なぜ、債権法の改正問題を企業法務のブログで書くのかというと、民法という法律は、親族・相続の分野を除けば、商事の基本法なんです。
会社法という法律がありますが、あの法律は、取引関係のルールを規定した法律ではなく、会社の設立に始まって株主総会の権限とか取締役の選任方法であるとか、会社という組織の制度について定めたルールなんですね。
これに対し、民法という法律のほとんどが、契約に関するルールなんです。売買契約、賃貸借契約、消費貸借契約、請負契約等々。企業を取り巻く法律問題の基本が定められているわけです。
したがって、今回の改正は、企業社会に重大なインパクトを与えることは必至だと言われています。私たち法曹実務家にとっても、業務に重大な影響を及ぼすだろうというのが一般的な見方です。
なお、あくまでもたたき台であって、法案として正式に審議にかかっているわけではないで、流動的であることにはご注意ください。
2.改正の基本方針
もともとこの改正論議は、平成18年に、民法の学者や法務省民事局の有志が私的に「民法改正検討委員会」を設立し始まったものです。
この検討委員会が2009年4月29日に発表した「債権法改正の基本方針」を見ると、方向性として次のようなことが盛り込まれております。
① 債務不履行における過失責任主義の放棄
② 危険負担の廃止
③ 消滅時効制度の大幅な改変
④ 債権譲渡の対抗要件の登記への一本化
⑤ 債権者代位権の適用場面の整備
等々……。
①の過失責任の放棄は、考え方としてはインパクトが大きいです。
でも、現実問題として、債務者が約束どおりに自己の債務を履行していないのに、債務者に落ち度がないケースは希です。
ただ、過失責任主義が放棄されるとなると、”債務者に落ち度がなかった”という反論自体できなくなりますから、私たち弁護士にとっては議論の仕方が変わってきますよね。
②の危険負担はけっこうカルチャー・ショックです。
危険負担というのは、たとえば、ある企業が商品をお客様に届ける前に、倉庫が何者かにより放火され商品が燃えてなくなってしまったような場合に、買い主は代金を支払わなければならないのか、という問題です。この場合、売り主も買い主もどちらにも責任はありません。もし、買い主がそれでも代金を支払わなければならないとすると、買い主がこのリスク(危険)を負担することになります。逆に、商品がないのだから代金も請求できなくなるべきだ、とするなら、このリスクは売り主が負っていることになります。
このような制度を廃止するということは、上のような事件が発生したらどうするんですかね。おそらく、契約するときに決めておけ、ということになるのでしょう。
③消滅時効の大幅改変は結構重要です。
まず、基本的に消滅時効の期間が大幅に短縮されている点です。
現在の民法だと、債権の消滅時効は、原則、10年なんですね(もっとも、短期消滅時効の定めはあります)。
これが、3年から5年の間で整備される方向です。
もっと重要なのは、時効の起算点です。ようするに、3年の時効の場合、”いつから”3年なのかという問題です。
今の民法だと、「権利を行使できるとき」から10年なので、債権者の知らない間に権利がなくなっていた、なんてことも起こります。
しかし、今回の改正では、「権利を行使できるとき、または、債権発生の原因と債務者を知ったとき」から時効期間を数えるので、たとえ時効が3年と短くても、自分に権利があることを知らなければ、時効が進行しないということになります。
したがって、時効期間自体は短縮化されても、結果的に時効の成立が遅くなるという事態は十分起こりえます。
④債権譲渡の対抗要件の登記への一本化は、債権の二重譲渡を防止しようとするものです。
債権というのは、物ではなく”権利”ですから、形がありません。したがって、債権者であるAさんが、その債権をBさんに譲渡しておきながら、同じ債権をCさんにも譲渡する、なんて悪さができちゃいます。さて、BさんとCさんのどちらが本当の債権者になるのでしょうか。
現在の民法では、確定日付のある債権譲渡通知を行い、先にその通知が到達した方が優先するということになっています。
このルールだと、確かにBさんとCさんのどちらが債権者であるのか決めることはできますが、Aさんの二重譲渡という悪さを防止するにはあまり威力を発揮できません。
でも、登記制度で一本化すれば、「登記を調べれば分かる」という話になるので、二重譲渡に対する一定の防止策になりうるでしょう。
今後、改正案の詳細が分かり次第、随時、情報発信していきたいと思います。