はじめましてこんにちは。弁護士の松木です。
 今日は、労働者の人格権について考えてみたいと思います。

 会社の中において、個人の自由はどの程度認められるものなのでしょうか。今回は、特に、思想・信条について考えてみたいと思います。
 会社の思想・信条と個人の思想・信条が衝突することは、ありうることだと思います。このような場合、どう処理するのでしょうか。
 思想・信条の自由は憲法で保障されている重要な人権ですから、個人の思想・信条を会社のそれと反するという理由からむやみに制限することはできないですし、それだけをもとに懲戒することもできません。しかし、個人の思想・信条を無制限に認めていたのでは、会社の秩序が保てないこともあります。

 この問題について、判例は、採用時と、採用後に分けて考えています。
 まず、採用時についてみてみましょう。
 三菱樹脂事件判決があります。これは、従業員が、会社が採用の際に提出を求めた身上書に学生運動の有無につき虚偽の事実を記載したため、会社が試用期間経過後に本採用を拒否したという事案です。これにつき判例は、採用時を雇入れ後と明確に区別した上で、企業は労働者の採否に当たって労働者の思想・信条を調査することができるし、これを理由に雇用を拒否しても許されるとしています。採用時、雇入れ後の区別をしたのは、留保解約権の行使であるからという理由ですが、これについては後日機会がありましたら説明いたします。

 他方、採用後、労働者が共産党員であることが判明したために企業が思想・身上を調査した関西電力事件においては、企業側に私物を撮影したり、尾行したり、孤立化させたりなどのやりすぎがあったとも思われますが、「企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず」、思想・信条を不当に調査したのでプライバシーを侵害し、人格的利益を侵害した不法行為であると判断しています。

 このように採用前と採用後で差異が生じるのは、企業にも思想・信条の自由があること、採用時には労働者がどのような人物であるかが最大の関心事であり、採用について慎重にならざるを得ないこと、採用後については、採用時に調査が可能であった以上、企業側の不注意を理由に労働者の勤労の権利を奪うのは不当であることなどが理由ではないかと思われます。また、採用時であれば労働者は他の会社を探す可能性はありますが採用後では他の会社に移るのも大変です。このような社会的事情も配慮したものでしょう。

 以上のような書き方をしてしまうと、採用時にかなり慎重に調査をするようになってしまうかもしれません。しかし、採用時であるとしてもどのような調査でも許されるわけではありませんし、他方、採用後でも企業秩序を乱すような場合には懲戒することもできます。具体的な事案については弁護士に相談されることをお勧めいたします。

弁護士 松木隆佳