有料老人ホーム等の介護施設への入所は、入所者本人と介護施設との契約によることが一般的ですが、本人が契約を締結する能力を有していない場合、誰かが本人に代わって契約を締結する必要が生じます。今回は、入所者本人が、病院への入院や入所を強制されたことを理由として、自己に代わって入所契約を締結した自己の娘を被告として損害賠償を請求した事件に関する裁判例を参考に介護施設関係者が法的紛争に巻き込まれないための注意点についてお話しします。
東京地判平成28年5月13日判決では、原告は、病院に入院し、その後2つの有料老人ホームに順次入所しましたが、入院については、判断能力を有しない自己の妻の同意は精神保健福祉法上の「保護者の同意」にあたらない、老人ホーム入所については、何ら代理権を有しないにもかかわらず入所契約を行った娘の行為は不法行為にあたると主張しました。裁判所は、原告の妻の同意については妻の判断能力が衰えていたことに関する客観的証拠がないとして入院は適法であったと判断し、一つ目の老人ホーム入所については被告に何ら権限がなかったことを認めながらも老人ホーム職員の指示の下、代理人として入所契約を行ったとして、二つ目の老人ホーム入所については被告が原告の成年後見人としての権限を有していたとして不法行為に当たらないと判断しました。
今回の事案では娘のみが被告とされ、病院や老人ホームの責任は直接問題となっていませんが、一つ目の老人ホームでは娘の契約締結時に代理権限を十分に確認していなかったり、入院について病院側が原告の妻の判断能力を確認していなかったりした場合には、原告の主張が認められるかは別として、原告が介護施設や病院に対し共同不法行為による損害賠償を請求する可能性もあったといえます。
したがって、介護施設等においては、入所者本人以外と契約を締結する場合、本人の同意が必要か、本人に代わって契約を締結しようとする者が判断能力を有するか、判断能力を有するとして如何なる権限を持っているかにつき注意する必要があると考えられます。