企業の従業員が業務を遂行しなかったり、業務の遂行能力が欠けたりした場合、企業や経営者は従業員に懲戒処分を行える可能性があります。しかし、私生活上の非行、例えば業務外で暴行事件を起こしたり、窃盗を働いたりして逮捕されるなどのトラブルを起こした従業員には、懲戒処分を下すことができるでしょうか。
そもそも、企業の労働者に対して懲戒処分を行うことができる理由は、企業が経済活動を行う上で、一定の秩序を企業内において維持しなければならないからです。そのため、労働者の私生活上の非行は、企業の経済活動と関連するとは必ずしもいえず、懲戒事由として認められにくい傾向にあります。
懲戒処分について、労働契約法15条は
「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は無効とする」
と定めています。
そのため、もし企業の就業規則に、逮捕されたり刑罰法規等に該当する場合に、その従業員を懲戒できる旨の規定を設けていたとしても、私生活上の非行について懲戒することに合理性・社会的相当性がなければ、その懲戒は無効となります。
この点、労働者の私生活上の非行と懲戒処分の関係について、最高裁昭和49年2月28日判決は、企業秩序に直接の関連を有するものであり、企業の社会的評価の低下毀損につながるおそれが客観的に認められる場合については、職場外でされた職務遂行に関係のないものであっても、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もありうる、という見解を示しています。一方、最高裁昭和58年9月8日判決は、前述の判決を引用した上で、一定の場合を除き、労働者は、その職場外における職務遂行に関係のない行為について、使用者による規制を受けるべきいわれはないものと解するのが相当である旨、判示しています。
したがって、私生活上で行われた行為については、原則として企業秩序の問題とは無関係なものとして懲戒処分の対象とならず、ただし例外的に、企業秩序に影響を及ぼす場合に限って、懲戒の対象となりうる、と考えられます。
具体的には、犯罪行為の態様や、非行・トラブルを起こした労働者の地位役職、その行為によって会社へ生じた具体的な損害などを踏まえて、企業秩序にどれだけ影響を及ぼすのか、総合的な観点に立って判断をする必要があります。
そもそも、法律上有罪判決が確定するまで無罪の推定が働きます。そのため経営者は、従業員が逮捕されたからといって直ちに懲戒処分を行うという判断をするのではなく、事件の内容や経緯、本人が非行事実を認めているか否か、なぜ従業員が逮捕されたのかなどを精査し、また社内における従業員の立場なども考慮に入れて慎重に判断する必要があります。