うつ病などの精神障害を抱える精神病患者は、年々増加しており、精神障害によって自殺してしまうケースもかなりの数にのぼります。仕事の失敗、あるいは過度の疲労、長時間労働、上司からのパワハラなど、精神障害が仕事に起因する場合も少なくありません。

 精神障害が仕事に関係している場合、法的には、まずは労災保険給付の対象になるかが焦点となります。労災保険給付の対象となるかどうかの判断基準は、

① 対象疾病に該当する精神障害を発病していること

② 対象疾病の発病前おおむね6か月前の間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること

③ 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと

の3点にあります。当該基準に基づいて、当該精神障害が、業務上の疾病と判断されれば、労災保険給付の対象となります。

 使用者(事業主、企業経営者など)としては、給付金を労災保険で補償されるからといって安心することはできません。労災保険給付は、休業損害の全額を支給するわけではありません(支給されるのは60%のみです)し、慰謝料や後遺症及び死亡に関する逸失利益も考慮されていません。そのため、使用者は労働者から民事上の手段として、損害賠償請求を受けるリスクがあります。

 労働契約法第5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」

と規定しており、精神障害に関する安全配慮義務についての判例(最判平成12年3月24日労判779号13頁)は、

「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」

としています。

 紙幅の都合上詳細は紹介できませんが、精神障害に関する安全配慮義務については、使用者にとって厳しい裁判例等が散見されます。使用者は、労働者が気軽に相談できるような体制を作るだけでなく、労働者の変化を見守り、変化に気付けば、速やかに対応をすることが求められることになります。

 なお、判例(最判平成26年3月24日集民第246号89頁)は、

「精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は…労働者にとって,自己のプライバシーに属する情報であり,…使用者は,…上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある」

としており、労働者からの申告がなかったということは言い訳になりません。

 平成27年12月から、労働安全衛生法の一部を改正する法律の施行によりストレスチェックが義務化されましたが、中小企業の中には「導入は見送る」という企業も多いようです。しかし、安全配慮義務違反の判断の中で不利益な事実として扱われる可能性は極めて高く、ストレスチェックにかかるコストを渋ったがために、数千万円レベルの損害賠償責任を負うことにならないよう、注意が必要です。