司法制度改革の一環として、2006年4月より労働審判制度が開始されました。開始から約8年が経過した現在では、年間3500件超の申立てがなされています。労働審判制度の普及によって、労働者からの残業代請求が行われやすくなったことが指摘されており、事業主としては残業代の支払いリスクを負いやすくなったといえます。
労働審判とは、個々の労働者と事業主(使用者)との間に生じた労働関係に関する紛争を、裁判所において、原則として3回以内の期日で、迅速、適正かつ実効的に解決することを目的として設けられた手続です(労働審判法1条、15条2項)。労働審判の期日では、裁判官である労働審判官1名と、労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名の計3名が審理をし、適宜調停を試み、調停がまとまらなければ、事案の実情に応じた解決をするための判断(審判)をします。審判に対して当事者より異議申立てがあれば訴訟に移行することになりますが、統計によると、労働審判の係属案件の約7割が調停成立により終局しています。
労働審判は、その迅速性という制度趣旨から、原則として申立てがなされた日から40日以内の日に第1回期日が指定されます(労働審判規則13条)。そのため、残業代請求における相手方である使用者側は、答弁書作成の準備をする時間が足りないという事態に陥りがちです。一方、労働審判は第1回期日で約2割、第2回期日で約4割が終局しているという統計もあり、第1回期日で審判官らの心証がほぼ固まってしまう傾向にあるため、使用者側としては、第1回期日までが勝負の場となります。
インターネットの普及により、残業代の請求が容易にできる旨の情報が頒布され、労働者側にとって労働審判制度の活用は有効な手段である旨が喧伝されています。労働者側から労働審判制度を利用した残業代請求がなされると、使用者側は、短い時間で主張立証を行わなければならない立場になります。その結果として、証拠や対応次第で争うことができるはずの残業代等についてまでも支払義務を負ってしまう可能性も生じ得ます。使用者側としては、労働審判による残業代請求があったときにも迅速かつ適切に対応できるよう、日ごろから職員の労働時間管理を徹底する、有事の際に迅速に連携できる弁護士を探しておく、残業代請求があったときに証拠となり得る資料の整理を行っておく等の対応が求められているといえます。