介護保険法によれば、労働基準法に違反した介護事業者で、罰金刑を受けたものなどに対し、都道府県等は指定を取り消すことができることとされていますので、介護事業者としては、適切な労務管理をする必要性があります。
また、労務管理の中でも、未払い残業代は、請求されると、予想外の支出を余儀なくされますので、経営上は極めて大きなリスクとなります。従業員のどのような行為が、残業代の支払を要する業務なのかをしっかりと把握しておくことは、極めて重要です。
たとえば、職員の更衣室での着替え等、就業時間前後の準備行為等は、賃金を支払うべき「労働時間」として扱うべきなのでしょうか。
たとえば、職員の更衣室での着替えは労働時間に含めないと当事者間で合意していることのみをもって、その時間分の賃金は支払わなくてもいいと思われているケースもありますが、労働時間に該当するかどうかは、当事者の主観的な意思によっては左右できず、客観的に決まるということに注意が必要です。
それでは、客観的に、「労働時間」とはどのような場合をいうのでしょうか。
造船所において就業していた労働者らが、始業時刻前及び終業時刻後の作業服及び保護具等の着脱等に要した時間が労働時間に該当するなどと主張して、着脱等に要した時間について割増賃金の支払を求めたケースにおいて、最高裁(最判平成12年3月9日民集54巻3号801頁)は、「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、…労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」としています。
業務の準備行為の「労働時間」該当性については、
「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、…特段の事情のない限り、…それが社会通念上必要と認められるものである限り、…労働時間に該当する」
(最判平成12年3月9日判タ1029号164頁)
と判断していますので、高齢者住宅事業の従業員の更衣室での着替え等の準備行為が「労働時間」に該当するかどうかについても、この観点から判断する必要があります。
なお、上記最高裁判決の事例では、義務付けの性格の強い行為・安全保護具の着用と更衣所から作業場への移動時間・資材の受け出しに要する時間を労働時間と解しつつ、入退場門から更衣所までの移動時間及び休憩中の作業服の着脱時間に関しては、未だ指揮命令下にある時間とはいえず、労働時間にあたらないと判断しています。
前述の例の職員の着替えは、通常は「労働時間」とはいえない場合が多いでしょうが、義務的で、それ自体入念な作業を要するような場合には、「労働時間」に該当する可能性があるので注意が必要です。