過日、鹿児島で、生後2か月の赤ちゃんを強く揺さぶるなどの暴行をした件で、29歳男性が逮捕されました。赤ちゃんはその後亡くなったようですが、男性が逮捕された理由は、ニュースによると「傷害」となっています。今回はこのニュースを取り上げてみましょう。
人間の生後2か月の赤ちゃんは、まだまだ体が未発達ですから、体を強く揺さぶられたりした場合に、抵抗する筋肉もクッションになる脂肪も十分ではありません。そのため、まだ小さな赤ちゃんの体を強く揺さぶると、大人の体を同じように揺さぶったときより大きく赤ちゃんの頭を揺らし、頭がい骨や脳にダメージを与え、後遺症を残してしまうということがあります。
今回の赤ちゃんも、揺さぶられたために、頭がい骨骨折・知的障害等の後遺症が生じていたようです。
ところで、上では、「赤ちゃんはその後亡くなった」と書きました。これはあえてミスリーディングな書きぶりにしてみたのですが、「あれ?男性が逮捕された理由は『殺人』とか『傷害致死』ではないの?」と思われた方はおられるでしょうか。 実は、今回の赤ちゃんが死亡した原因は、ニュース発表によると「肺炎」とされているのです。
誰かに刑事責任を問おうというときには、行為と結果の間に「相当因果関係」が必要です。これは、簡単に説明することが難しい概念ですが、二段階の構成になっています。 まずは、①その人がやったこと(行為)と生じた結果とが、一本の糸でつながること(因果関係があること)。そして、②一般の人及び行為者が、行為当時に認識していた全ての事実をあわせて見ると、その行為によってその結果が起こるというのは、全然想定しなかったようなことではないということ。
これまで最高裁までいった事件でたとえばの話をしますと、4人で1人の被害者を3時間弱も殴る蹴る等暴行していて、耐えかねた被害者が逃げ出し、逃げる過程で逃走進路上の高速道路に進入して車に轢かれ死亡した事件では、4人の暴行と被害者の死亡との間には相当因果関係があるとされています。暴行をしたことによって被害者が逃げて死んだ、これが一本の糸でつながることは前提です。そして、被害者が高速道路に進入したこと、これも、事前の苛烈な暴行や周囲の地理等に照らして、ふつう想定し得なかったようなことだとはいえない、とされたのです。
改めて、今回の件を見てみましょう。 今回の赤ちゃんが死亡した原因は、肺炎です。今回の件で、「殺人」や「傷害致死」まで刑事責任を問おうと思うと、「2013年8月、Aが赤ちゃんの体を強く揺さぶったこと」と「2013年12月、赤ちゃんが肺炎で死亡したこと」との間に相当因果関係が必要です。
肺炎とは、感染によって引き起こされる肺の急性炎症とされています。
赤ちゃんの体を強く揺さぶることによって、頭がい骨骨折や知的障害が生じることまでは、上に書いた通り自然なことですから、一本の糸でつながります。しかし、赤ちゃんの体を強く揺さぶることによって、肺に病原体が侵入するのは自然なことでしょうか。ちょっとつながらないような気がします。
仮に、この赤ちゃんが脳に障害を負ったことによって免疫力が低下して肺炎になった、という流れがあるとしても、免疫力の低下した赤ちゃんが全員肺炎で死亡するわけではない以上、この赤ちゃんの肺炎につながる糸は「体を強く揺さぶった」行為のほかにも複数存在している(そして、おそらく、「冬の寒さ」等、より強く原因になったものがある)と考えられます。
少なくとも、「一般人及びAの目線で見て、2013年8月当時想定しえなかったようなことではない」というのは難しいことではないでしょうか。
するとやはり、今ある情報から判断するに、今回の件で「殺人」や「傷害致死」までは問うことができない、との結論になりそうです。
いかがでしたでしょうか。普段のニュースも、細かく見ていくと、法的な疑問と答えが潜んでいるものです(時には答えが無いこともあります。)。
私たちは、刑事事件を受任する場合、このような細かな検討もおろそかにはいたしません。お困りの際には、すぐにご一報いただければと思います。