先週、福岡で、精神鑑定のために病院に留置されていた被告人が逃走し、海岸で見つかるという事件が起きました。インターネットでも、逃走の果てに砂浜で仰向けに寝転がっている被告人の写真が掲載されています。

ところで、この「病院から逃げた」ということは、何かの罪に当たるのでしょうか。今回逃走したのは「被告人」という肩書の人です。「被告人」とは、検察官により起訴されて、刑事裁判手続の最中にあるけれども、まだ判決をもらっていない人のことです。判決がまだである以上は、無罪推定の原則からいうと、罪を犯していないという前提なのですから、病院に行こうが病院から逃げようが自由だ、とは言えないのでしょうか。

問題になるのは、刑法97条(逃走罪)と刑法98条(加重逃走罪)です。今回は、ただ逃げたというだけでなく、病院の窓ガラスを割って逃げたということなので、加重逃走罪にあたるのかどうかというところが問題です。
加重逃走罪は、身分犯といって、特定の立場の人が行って初めて犯罪として成立する犯罪です。強姦罪でいうところの「男性」、公務員職権乱用罪でいうところの「公務員」、堕胎罪でいうところの「妊娠中の女子」のように、特定の立場になければ、そもそもその犯罪をすることができないというものです。

今回は、逃げた被告人が「裁判の執行により拘禁された未決の者」にあたるかどうかがキーポイントです。
病院に鑑定留置中の被告人が「裁判の執行により拘禁された未決の者」にあたるかどうかは、じつは、その被告人がどのような処遇を受けていたかによって変わります(参考:仙台高裁S33.9.24判決(昭32(う)583号事件)、福井地裁S46.2.16判決(昭45(わ)228号))。非常に閉鎖的で刑務所にも似た環境であれば、「裁判の執行により拘禁された未決の者」にあたりやすくなりますし、逆に、開放的な環境で監視も行き届いていなかったとなれば、否定の方向に働くでしょう。留置されていた病院の設備や人員の配置、逃走を防ぐ措置がどれだけされていたか等の事情を詳しく見ていく必要があります。

今回、被告人が鑑定留置されていた病院がどういう体制をととのえていたかということはわかりませんが、今後検察官がこの逃走の件も起訴するのかどうか、起訴された場合には判決はどうなるのか、非常に興味の湧く事件です。