「叙上の如き諸般の情状を考慮すれば、今や死刑廃止制をとる国はふえ、これを存置する国においても死刑は例外的、象徴的な刑罰となりつつある世界のすう勢を考慮の上被告人が道路交通法違反のほか前科のない身であることなど記録に顕れたすべての有利な事情を斟酌してもなお本件においては正義の観念が最後の手段として要求するものは極刑以外にないものとの結論に達し所定刑中死刑を選択する。
 よって、被告人を死刑に処する。
 なお、・・・
 よって主文のとおり判決する。
  昭和四三年九月一一日
        静岡地方裁判所第一刑事部
         裁判長裁判官 石見勝四
            裁判官 高井吉夫
            裁判官 熊本典道」

 上記のような判決がなされてから約45年が経過しました。
 これは最近世間をにぎわせている「袴田事件」の第1審である静岡地方裁判所昭和43年9月11日判決の判決書の結論部分です。
 この判決がなされてから、気の遠くなるような長期間が経過した後、平成26年3月27日、静岡地裁は再審開始決定とともに、死刑と拘置の執行停止を決定し、袴田巌さんは48年ぶりに釈放されました。
 静岡地検は同日、拘置停止を取り消すよう、東京高裁に通常抗告していましたが、東京高裁はその抗告には理由がないとして、決定で抗告を棄却しました。

 本ブログでは、この袴田事件において、48年間も身体拘束をされていた袴田さんが被った損害について、国はどのような制度によって賠償をしていくかについて述べていこうと思います。

 まず、袴田さんは、国に対して、勾留又は拘禁による補償を請求することができます(刑事補償法1条)。
 補償の内容としては、その日数に応じて、1日1000円以上1万2500円以下の割合による額の補償金を交付されます(刑事補償法4条1項)。
 裁判所は、補償金の額を定めるには、拘束の種類及びその期間の長短、本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、精神上の苦痛及び身体上の損傷並びに警察、検察及び裁判の各機関の故意過失の有無その他一切の事情を考慮しなければならない(刑事補償法4条2項)。

 本件についてこれをみると、袴田さんは昭和41年8月18日に逮捕されて以来、約48年(私の計算によると17389日)間身体拘束されていますので、

17389日×1000円~17389日×1万2500円
→1738万9000円~2億1736万2500円
が支払われることになりそうです。

 ちなみに、記憶に新しいところでいえば、足利事件の犯人として誤認逮捕された菅家利和さんに支払われた刑事補償金は、1日1万2500円の上限で計算した約8000万円が支払われています。
 このようなことから、袴田事件についても、1日1万2500円の上限額で請求が認められるのではないかと思います。

 次に、袴田さんは、国に対して、刑事補償によっても回復できない損害について、国家賠償請求することができます(刑事補償法5条1項、国家賠償法1条)。

 この国家賠償請求について、最高裁は「裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨を明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする」と判示しており、これを基準に請求が認められるかの判断を下しています。

 しかし、「裁判官がその付与された権限の趣旨を明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情」などという要件を満たさなければ国家賠償請求が認められないということは、ほとんど国家賠償請求の道を閉ざしているようなものです。

 今後の課題は、謝った有罪判決によって生じた身体的・精神的苦痛、信用ないし名誉に関する損害、社会生活上ないし職業上の損害、上訴のための弁護士費用、その他、上訴に要した費用・時間・労力等について、刑事補償金では償い切れない損害がある場合は、請求を認める方向で妥当な結果を出すことであろうと思います。

 (なお、このような国家賠償請求が認められたケースとして、貝塚ビニールハウス殺人無罪国家賠償請求事件や鹿屋夫婦殺人無罪国家賠償訴訟事件などがあります。)

 袴田事件についても、必ず刑事補償や国家賠償の問題が生じると思います。
 今後、袴田事件の弁護団の動きに注目していきたいと思います。