皆さんは、村木厚子さんを覚えておられるでしょうか。
現在厚生労働省事務次官の女性で、2009年、検察官の主導により虚偽の供述調書を作成され起訴されたけれども、最終的に無罪が確定した方です。
村木さんが当時かけられた嫌疑というのは、「凛の会」という団体に対し、偽の障害者団体証明書を発行して、同団体への郵便料金を不正に安くしたという、虚偽有印公文書作成・同行使でした。
この件では、検察は、村木さんの無罪の証拠となるフロッピーの作成日付を勝手に書き換えていたとされます。そしてこの件以来、検察に対する不信が(弁護士はもともと持っていたりしますが)一層高まり、「検察に勝手に証拠を変えられる、冤罪を作られる」ことへの警戒感が強まりました。
ところで、検察官が日常的に作る証拠があります。 それは、(特に、被疑者・被告人の立場になった人の)供述調書です。
検察官の作る供述調書というのは、検察官と検察事務官のいる取調室で、基本的には3人きりで、被疑者・被告人が、自分の経歴や犯罪との関わり、事件後の反省等を語ったものを、検察官が「供述調書」という形式の書面に書き直し、本人の署名・指印をもらって完成させる書面です。
取調室での取調べは、「何県生まれですか」「●●県です。」/「小学校はいつどこの小学校を卒業したんですか。」「●●小学校を、たぶんですが、●●年に卒業したと思います。」/「あなたは彼を刺しましたよね。」「刺しました。」/「何回刺しましたか。」「2、3回か、3、4回か、・・・」というように、一問一答形式で行われます。
しかし、出来上がった供述調書では、「私は●●県で生まれ、●●小学校を卒業し、・・・」「私は右手に持ったナイフで彼の左胸を力強く何度も刺し、・・・」「本当に悪かったと反省の毎日で、・・・」というように、いかにも本人がよどみなく話したかのように事件のストーリーがきれいに語られ、検察官の姿は基本的には消えています。
仮に、検察官が、自白をさせるために被疑者・被告人に暴力を振るったり脅したり嘘をついたりしたとしても、そんな様子はみじんも残りません。
これについて、弁護士会では「供述調書は検察官の作文であり、本人の声ではない。」として警戒感の強いところです。
しかし、実際に、供述調書は良くも悪くも、読みやすく構成されていて非常にわかりやすいので、訴訟に使いたいという思いはあります。
また、最終的に本人の署名・指印がありますから、本人の声ではないといっても、一字一句は違うかもしれないがそういう趣旨のことは言ったのでしょうということは否定しがたい面があります(もっとも、被疑者・被告人が当時本当にそういう趣旨のことを言ったのかどうかを後から確かめることは困難です。)。
そこで、いま弁護士会からは、取調べの可視化が必要だということが強く叫ばれています。取調べの可視化とは、検察官・検察事務官・被疑者(被告人)3人きりの取調室の様子を、録音ないし録画しておくことです。
こうすることによって、供述調書に誤りがないかを後から検証できるようにし、暴言や暴力による供述の引出しが行われないようにすることができるというのです。
検察官からは、この取調べの可視化に対する抵抗は強いです。
私は弁護士になる前、修習生の時に、検察官に対し、なぜ可視化に抵抗するのかという理由を尋ねたことがありますが、その時に言われたのは、被疑者・被告人との信頼関係です。取調室の中で話されている内容は、事件のことに限らないのだそうです。
たとえば「うちの嫁なんてひどいんだぜ」というような、プライベートにおける秘密を共有するなど、「この検事にならすべてを打ち明けたい・・・!」という気持ちにさせるもろもろのテクニックが、取調室には詰まっているのだそうです。
それが、後で見ず知らずの弁護士に見られて、「ほほうこの検事の嫁はひどいのか」などと、余計なプライベートの事実まで知られる可能性が出てくるとなると、検察官としてもそんな話はできないですし、それ以外のもろもろのテクニックの中にも破綻するものがあるのだそうです。
どこまでが真実で、そのほかにどういう事情があるのか、すべてについてはわかりませんが・・・
本日、警察と検察による取調べの可視化を義務付けることを内容とする改正刑事訴訟法案が閣議決定されました。
大阪弁護士会の建物横にはためく、「ないな、可視化しかないな」という回文のノボリがまぶしいです。