2014年3月に、埼玉県朝霞市の少女(当時13歳)が誘拐され、今年3月に約2年ぶりに保護された事件についての報道をご記憶でしょうか。同事件については、同3月31日に被疑者が未成年者誘拐容疑で逮捕され、4月に同罪で起訴され、その後さらに監禁罪でも追起訴されていた寺内樺風(かぶ)被告人について、8月24日、監禁罪の罪名を監禁致傷罪に訴因変更したとの報道がなされています。

 みなさんにとって「訴因変更」とは聞きなれない言葉かと思いますので、この点も含めて、この事件について少し解説したいと思います。

1 未成年者誘拐罪(刑法244条)とは?

 20歳未満の未成年者を誘拐した場合について定めた罪です。「誘拐」とは、偽計や誘惑を手段とするなど人に誤った判断をさせて、他人をその生活環境から離脱させ、自分あるいは第三者の事実的な支配のもとに置く行為をいいます。「偽計」も少し難しい言葉ですが、他人の正常な判断を誤らせるような術策をいうとされます。要するに、人をだますなどして連れ去ってくる行為が誘拐です。ちなみに、力づくで連れ去った場合には「略取」となります。

2 監禁罪(刑法220条)

 人が一定の区域から出ることを不可能または著しく困難にしてその行動の自由を奪うことを「監禁」といいます。
 監禁の方法は問われず、また、脱出を「著しく困難」にすればそれで成立するとされていますので、例えば、二輪自動車の後部に同乗させて疾走するとか、鍵のない部屋に入れたうえで「ドアを開けると爆発する」とだまして脱出を著しく困難にさせた場合も監禁罪は成立し得ます。
 どの程度に達すれば「著しく困難」といえるかどうかは、障害の程度、被害者の年齢・体力・性別・性格・犯人との関係などを考慮して、具体的に判断されます。

3 監禁致傷罪(刑法221条)

 監禁行為と因果関係のある傷害結果が生じれば成立します(監禁の手段である行為とはまったく別個に、まったく異なる動機で加えられた行為により傷害結果が生じた場合は、監禁致傷罪ではなく監禁罪と傷害罪がそれぞれ成立することになります)。
 なお、刑法上、「傷害」とは、「人の生理的機能に障害を与えること、または人の健康状態を不良に変更すること」を意味すると考えられています。判例上は、中毒症状やめまい・嘔吐を生じさせた場合、病毒に感染させた場合、毛根から引き抜いた場合、失神させた場合なども傷害にあたるとされています。

 ちなみに、本件でも問題となったPTSD(外傷後ストレス症候群)が傷害にあたるかについて最高裁は、「一時的な精神的苦痛やストレスを感じたという程度にとどまらず、いわゆる再体験症状、回避・精神麻痺症状及び過覚醒症状といった医学的な診断基準において求められている特徴的な精神症状が継続して発現」するような場合には、傷害にあたると判断しています(最二小判平成24年7月24日刑集66巻8号709頁)。

4 訴因変更とは何か?

 犯罪の嫌疑を受けた被疑者について、刑事裁判に付して裁判官の判断を仰ぐかどうか、その際の罪名をどうするかなどについては、原則として検察官だけに権限が与えられており(刑事訴訟法247条・起訴独占主義)、なおかつ、検察官には幅広い裁量権限が認められています(刑事訴訟法248条・起訴裁量主義)。
 検察官が、その裁量に基づいて、刑事裁判で裁判所の判断を求める対象として設定した「罪となるべき事実」が「訴因」です。刑事裁判は、検察官が設定した対象を巡り、裁判所が有罪・無罪を判断し、有罪と判断する場合にはそれに対していかなる量刑を与えるべきかを判断する場として機能します。

 ところが、場合によっては、当初検察官が設定した訴因が、その後の証拠の発見等により、客観的真実と異なる(と思われる)状態となることがあり得ます。また、諸般の事情により、訴因を当初の設定と異なるものにする必要が生じることもあります。
 このような場合に、訴因の設定者である検察官が行うのが「訴因変更」です。

 例えば、○月×日□時ごろに、AがX市Y町△番地でBから■を盗んだ(窃盗罪)という事実で起訴したところ、○月×日□時ごろに、AがX市Y町△番地で知らない人から■を安く買った(盗品等有償譲受罪の可能性)という事情が明らかになってきて、後者の方が正しそうという場合、2つの事実は両立しないので、訴因変更をしないと無罪判決が出る可能性があり、なおかつ盗品等有償譲受罪でのあとからの起訴は、一事不再理(憲法39条)によって禁止され得るので、このままではAには有罪とされるべき事実があるにもかかわらず、結局何の罪でも処罰されないというリスクが生じることになります。そこで、検察官は訴因変更をすることによって、審判対象を変更し、有罪を獲得するよう活動することになるのです。

 どのような場面で訴因変更ができるか、あるいは訴因変更が必要な場面かどうかは、刑事訴訟法の理解の中でも非常に難しい部分ですので、ここでの説明は割愛しますが、今回は、検察官がその判断をした場合であったということです。
 今回は、被告人の起訴後に被害少女にPTSDの診断がなされたことから、今回の訴因変更手続がとられたものかと思われます。被害少女の回復を切に祈ります。