「号泣会見」で昨年世間をにぎわせた野々村竜太郎元兵庫県議会議員が、詐欺と虚偽有印公文書作成・同行使の罪に問われた事件の初回の公判期日を欠席したというニュースが報じられました(http://www.sankei.com/west/news/151124/wst1511240037-n1.html)。これにより、同事件のこの日の公判は中止されました。
そうすると、今度は、同元議員が「勾引された」というニュースが報じられました(http://www.sankei.com/west/news/160122/wst1601220026-n1.html)。これはいったいどういうことなのでしょうか。
刑事裁判は、その事件を担当する裁判官(通常1~3名、事件の種類によってはこれに6名の裁判員が加わります。)によって構成される「公判裁判所」に割り当てられ、裁判所等の法廷で行われる刑事裁判の期日を「公判期日」といいます。公判期日は、「公判廷」において開かれますが、公判廷を構成するメンバーは、裁判官(及び裁判員)、裁判所書記、検察官です(刑訴法282条、裁判員法54条)。これらのメンバーは、公判廷を構成する人員ですので、一定の例外を除き、誰かが欠けるときは公判廷を開くことはできません。このほか、事件の種類によっては弁護人の在廷も必要となります。
では、元県議のような被告人はどうなのでしょう。
これについては、刑訴法286条が定めており、原則として被告人がいないときは開廷することができないとされています。公判期日への出席は、被告人の権利であり同時に義務であるとされているのです。
例外的に被告人が不在でも開廷できる場合としては、
① 被告人が法人の場合(刑訴法283条)
② 50万円以下の罰金・科料等にあたる軽微事件の場合(同284条)
③ 拘留相当事件で裁判所が不出頭を許可した場合(判決の宣告期日を除く、同285条1項)
④ 長期3年以下の懲役・禁錮又は50万円を超える罰金にあたる事件について裁判所が不出頭を許可した場合(冒頭手続(起訴状朗読、認否等)及び判決期日を除く、同285条2項)
⑤ 被告人が心神喪失の状態にあり、無罪・免訴・公訴棄却の判決をすべきことが明らかな場合(同314条1項)
などがあります。
上記の例外からも明らかなように、冒頭手続と判決手続は被告人の出頭が強く求められています。これは、被告人にとってこれらの手続を行う期日が重要な意味を持つからです。今回被告人が欠席した期日は、「初公判」だったと報道されていますので、冒頭手続が行われる予定であったと考えられます。
冒頭手続とは、刑事ドラマなどで見たことがある人もいるかもしれませんが、まず、被告人として公判廷に現れた人とその事件で起訴されている人物の同一性の確認(人定質問)を行い、さらに起訴状の朗読、黙秘権等の被告人の権利告知、被告事件についての意見の陳述等が行われる手続のことです(刑訴法291条)。
最初のニュースは、被告人が不出頭となったことにより、公判廷を開くことができず、期日が中止になったことを報じたものでした。
では、被告人が出頭に応じない場合どうなるのでしょうか。
ここで登場するのが「勾引」です。病気等の正当の理由がなく、被告人が裁判所の呼び出しに応じない場合等は、裁判官が勾引状を発付し、被告人を強制的に裁判所に連れてくることになります(刑訴法58条)。被告人が必要的に出頭しなければならない事件で出頭に応じないと、勾引される可能性が出てきます。犯罪の嫌疑の程度とはかかわりないので、無罪判決を下す場合にも該当します。この場合、強制的に裁判所に連れてこられて無罪判決を受けることになりますので、なんだかちょっと格好悪いことになります。
第2のニュースはこの勾引手続がとられたことを報じるものでした。神戸地裁は、元県議の出頭拒否に正当な理由がないと判断したのでしょう。
勾引の結果、元県議の初回公判期日は無事開廷され、冒頭手続は完了したようです。
しかし、この件に関するニュースはこれで終わりではありません。報道によると、期日終了後、元議員は「勾留」されたというのです(http://www.asahi.com/articles/ASJ1V55PWJ1VPTIL011.html)。
勾留は、刑事訴訟法60条に定められた手続で、被告人に犯罪の嫌疑があり、かつ、①住所不定、②被告人が罪の証拠を隠滅する可能性がある、または③被告人が逃亡するおそれがある――のいずれかの理由がある場合に、被告人の身体を拘束する裁判所の命令です。
今回、元県議が勾留された理由までは報道されていないので確実ではありませんが、通常、被告人に期日不出頭のおそれがあるだけでは逃亡のおそれありとはいえないと考えられていることに照らすと、裁判所としては、このまま勾引を解いて帰宅させると、野々村元県議が逃亡するおそれがあると判断したのではないかと思われます。
なお、仮に被告人が勾留の状況下で、刑事施設職員が被告人を裁判所に連れていくことを著しく困難にした場合、例えば、全裸になる、房入口の扉にしがみついて離れないなどの方法で抵抗した場合、裁判所の判断により被告人不在のまま公判廷が開かれることもあり得ます(刑訴法286条の2)。
これをご覧の皆さんが刑事訴訟の当事者となることはまずないと思いますが、万が一そのような立場に立たされた場合には、裁判所の召喚には応じるようにした方が良いと思われます。勾引から勾留という今回のケースは極めて稀なパターンといえますが、裁判所にはこうした権限が与えられています。「行きたくないから行かない」、は通らないので注意しましょう。