交通事故に遭われたとき、整骨院施術についても保険でまかなってもらえるとなった場合には、整骨院は、通院日数と施術内容、施術費の内訳・総額等の明細を保険会社に送付して施術費を請求し、保険会社はこれに応じて支払いを行います(一括払請求の場合)。
では、通院日数と施術費を、実際より水増しして架空に請求した場合にはどうなるのでしょうか。
まず、実際には施術していないのに施術したかのように装って保険会社をだまそうというのですから、これは「欺罔行為」として、詐欺罪(刑法第246条)の実行行為にあたります。これにだまされて保険会社が支払ってしまえば詐欺既遂罪、支払われなくとも詐欺未遂罪です。
ところで、整骨院が保険会社に施術費の請求を行う場合、整骨院は通院日数、施術内容、施術費の内訳と総額等についての明細を書面にするのが通常です。架空請求をするために通院日数や施術費を膨らませて記載した、すなわち虚偽の記載を行った場合、刑法上の文書偽造の罪(刑法第17章)は問題にならないのでしょうか。
問題になりそうなのは、私文書偽造罪(刑法第159条)と虚偽診断書作成罪(刑法第160条)でしょう。
私文書偽造罪は、行使の目的をもって特定の文書を偽造した場合に成立します。ここで、「偽造」とは何かが問題となります。
「偽造」とは、文書作成者と文書名義人の人格的同一性を偽って文書を作成することです。つまり、平たく言うと、書いてある内容が嘘かどうかよりも、書いた人の署名が嘘かどうかに着目するのです。そうすると、私が、ある特定の文書に「私は弁護士ではありません。 浅田有貴」と書いたとしても文書偽造にはあたりませんが、「私は弁護士です。 ○山○子」と書くと、これは危ないということになります。
一方、虚偽診断書作成罪は、「虚偽の記載をしたとき」に成立しますので、内容の真実性が問題です。しかし、医師法2条に規定される資格を有する「医師」が、「公務所に提出すべき診断書」等の文書について記載を行う場合を規律しています。
そうすると、整骨院が、通院日数や施術費については嘘を書いたけれども文書の名義は正しく記載したのであれば、私文書偽造罪にはあたりません。また、整骨院の柔道整復師は医師ではなく、記載する書面も診断書ではないので、虚偽診断書作成罪も成立しません。