ボクら弁護士は、被害者側、被告人側の双方の代理人又は弁護人として、職業柄、日常的に警察官を含む捜査機関の関係者と接点が多いです。
そこで、今回の三鷹ストーカー殺人事件を振り返って、警察の捜査のあり方と問題点をいくつか指摘したいと思います。もっとも、本件事件について、報道されている内容以外のことは分かりませんので、あくまでも一般論です。
今回の事件で、被害者が警察に相談に行った際に、被害届が作成されていたか否かは不明です。
被害届が受理されていないと、捜査機関も犯罪捜査を開始する大義名分がなく、この点を捉えて、「被害届が出されていなかったので、捜査を開始できなかった」という方便が警察関係者から出されることがよくあります(今回の事件で、三鷹署がそのような主張をしているかは定かではありません)。
しかし、もっともらしいこの言い訳は、実はクセモノです。
というのは、被害届は、被害者が初めて犯罪被害を受けていることを警察官に相談した当日に作成されるとは限らないからです。
実際に先日も、ある犯罪被害者の代理人として、ボクが某警察署に犯罪被害の申告と相談をしに行ったところ、被害届の作成まで、実に約3ヶ月を要しました。
しかも、ボクがかなりしつこく迫っての被害届受理でした。
なぜこんなことが起こるのかと言うと、被害届というものは、被害者が希望するときに作成されるものではなく、それを受理する警察署の都合で作成されるからです。
「被害届がなければ捜査できない」という大義名分があることからも推測できるように、これを受理する警察署としては、すぐに捜査を開始する体制が整っていない場合、又はすぐに捜査を開始する意思がない場合には、被害届を受理(作成)したくないという事情があります。
被害届を受理していなければ、捜査を開始しないことを一応正当化できるからです。
法律の専門家である弁護士が代理人として間に入っていても、警察はのらりくらりとやり過ごすわけですから、素人である犯罪被害者やその家族が警察署に相談に行っても、一筋縄ではいきません。
警察官からもっともらしい説明を受け、「ふ~ん、そういうもんなのかあ…」で終わってしまうでしょう。
要するに、被害届は警察署の都合で作成されるということです。
被害届以上に厄介なのが”告訴状”の受理です。
告訴とは、「被害者等が捜査機関に対して犯人の処罰を請求すること」を言います。
これに対し、被害届とは、被害者が犯罪被害に遭ったことを捜査機関に報告する行政上のものに過ぎません。
これは定義上の違いですが、実は、法的効果でも重要な違いがあります。
すなわち、告訴がなされると、捜査機関は、告訴した人に対して、捜査の進捗状況を報告する”法的義務”を負ってしまうんです。これが刑事訴訟法にバッチリ書いてある。
捜査機関は、この縛りが嫌なんですね。
だから、ボクら弁護士は、警察がなかなか仕事をしてくれない場合、非親告罪であっても、告訴状を提出するというテクニックを使う場合すらあります。
非親告罪というのは、告訴が起訴要件になっていない犯罪を言います。
起訴要件になっていないのだから、本来告訴は必要ないのですが、警察がなかなか仕事をしてくれない場合に、刑事訴訟法上の報告義務の縛りを使うために、テクニックとして告訴状を提出するわけです。
ボクはまだ経験ありませんが、ボクの友人の弁護士は、警察が告訴状を受け取らないので、しびれをきらして、内容・配達証明付の郵便で送りつけたそうです。そうしたら、同じく郵便で返送されてきたとか(笑)。
これが被害届・告訴状受理の捜査現場の実態です。
弁護士が介入していても一苦労なわけですから、素人さんが警察に相談に行っても埒があかないのは目に見えています。
刑事訴訟法を改正して、被害届や告訴状の受理義務を課したほうがいいのではないかとさえ思います。
そして、このような問題点が横たわっていることを、もっと世間の人に知ってもらいたいと思います。