弁護士 金﨑 浩之 

 今日は、大学院の医学研究科の講義を受けてきました。

 この日の講義では、医学における疫学的分析とリスクの評価に関するお話がありました。

 疫学的分析とは、分かりやすく言えば、”統計的分析”という意味です。

 例えば、タバコ(原因)と肺がん(結果)の関係を考えるときに、タバコがどのような機序(メカニズム)で、肺の細胞に傷害を与え、それがいかなる機序で肺がんになるのか、が説明できるのであれば、それは”疫学的”な説明ではありません。疾患を引き起こすメカニズムが分かっているのだから、統計学を用いる必要がないからです。

 これに対して、タバコと肺がんとの間の医学的メカニズムはよくわからないが、統計を取ってみたところ、肺がん患者の多くが喫煙者だった、したがって、タバコは肺がんを招く原因となりうるのではないか。このように説明するのであれば、これは疫学的な説明です。
 つまり、医学的機序が十分説明出来ないときに、疫学的分析は特に威力を発揮します。

 さて、ここまでは統計学のお話ですが、問題はその先です。医師は、統計学を使って、どのようにリスクを評価するのでしょうか。

 そのリスクとは、講義を担当された教授曰く、

 「相対的リスク」だそうです。

 相対的リスクとは、タバコを吸わない人が肺がんになる率と、タバコを吸う人が肺がんになる率を比較し、後者が前者の何倍か、でリスクを評価する。
 例えば、「喫煙者が肺がんにかかるリスクは、非喫煙者の5倍」という言い方が相対的リスクです。

 これに対して、喫煙者が肺がんになる可能性は何パーセントか、は絶対的リスクです。ここでは、非喫煙者との比較は問題となっておりません。あくまでも、タバコが肺がんに与える影響だけが問題になっています。

 そして、医師は、ある原因がある疾患を引き起こす危険性を考えるとき、絶対的リスクは考えず、専ら”相対的リスク”のみを考えるそうです。

 そこで、ボクの素朴な疑問。

 仮に、非喫煙者が肺がんになる可能性が0.01%、喫煙者が肺がんになる可能性が0.1%だと仮定しましょう(あくまでも思考実験のための仮定です。本当の数字は知りません)。
 この場合、喫煙者が肺がんになる相対的リスクは非喫煙者の10倍ですが、喫煙者が肺がんになる絶対的リスクは、わずか0.1%です。タバコを吸う人のうち、0.1%の人しか肺がんにならない、99.9%の人は肺がんにならないのに、これをリスクとして評価することにものすごく違和感があります。

 確かに、相対的リスクも重要ですが、絶対的リスクも考慮に入れないと、リスク評価はかなり歪んでくるのではないか、と思いました。
 相対的リスクが著しく大きいことと、絶対的リスクが著しく小さいことは、論理的に両立しますから…。

 この素朴な疑問を思い切って教授にぶつけてみました。すると、教授の回答は、

 「いやいや、どんなに絶対的リスクが小さくても、相対的リスクが大きければ、それは十分なリスクだよ。だって、喫煙者が非喫煙者の10倍のリスクをかかえてるんでしょ。そのリスクは無視できないでしょ」

 なるほど、言われてみればそうかも。医者は病人が健康な人からどのくらい逸脱したかを考える必要があると思うので、相対的リスクを重視したい気持ちは何となく分かりました。

 でも、例えばですよ。日本の銀行の定期預金の金利が普通預金の金利の何倍も高いとしても、定期預金の金利も雀の涙ほどしかありません。
 それなのに、「このまま普通預金にしておくのは大きな資産運用リスクだ!今すぐにでも定期預金に変えなければ…」などと大騒ぎするでしょうか。
 どんなに定期預金の金利の利率が普通預金より大きくても、限りなくゼロに近い金利であることに変わりはありません。

 こういうのを世間の常識では、

 「枝葉末節」

というのではありませんか?

 どうりで、「喫煙者の何パーセントが肺がんになるのか」ということを調査した論文がないわけです。
 でも、本当はこのパーセントが分からないと喫煙の危険性って分かりませんよね。

 皆さん、どう思います?