交通事故の被害に遭い、後遺障害が残ってしまった場合、加害者に対して後遺障害逸失利益を請求することが出来ます。
ところが、損害賠償の請求時に加害者(の加入する保険会社)から「減収が無いから逸失利益は認められません」と反論されることがあります。
交通事故前と比べて減収が無い場合、逸失利益は一切認められないのでしょうか。本日は、後遺障害逸失利益の考え方についてご紹介します。
1.後遺障害逸失利益とは
そもそも、後遺障害逸失利益とは、「交通事故により後遺障害が残ったことで失われた、将来得られたはずの収入」のことをいいます。
例えば、後遺障害が残ったことで満足に働くことが出来なくなり、勤務先から支払われる給料が減ってしまった場合、その減った給料分を保険会社から補償してもらうことになります。
もっとも、将来どのくらい減収するのかを正確に知ることは困難ですから、通常は以下の計算式で後遺障害逸失利益を計算することになります。
後遺障害逸失利益=基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間
基礎収入…交通事故前における被害者の収入です。源泉徴収票や確定申告書で証明することになります。
労働能力喪失率…後遺障害に応じた減収の割合です。認定された後遺障害の等級に応じて労働能力の喪失率の目安が決められています(例えば、14級認定で5%、11級認定で20%と決められています)。
労働能力喪失期間…減収が続くとされる期間です。一般的には症状固定日から67歳までとされていますが、むち打ちで14級の認定を受けた場合は5年とされている等、例外があります。
この他、中間利息を控除する必要もあるのですが、紙面の都合上割愛させて頂きます。
2.減収が無い場合の逸失利益~原則~
このように、後遺障害が認定された場合、上記計算式に従って逸失利益を計算することになります。
しかし、加害者側の保険会社からは、実際に減収したことを証明するように求められますし、減収の事実が無い場合は、逸失利益を認めてもらえません。
裁判所を含む現在の実務では、損害賠償の対象は、交通事故に遭わなかった場合の被害者の利益状態と、交通事故に遭った場合の利益状態の差額部分とされています(これを「差額説」と呼んでいます)。つまり、交通事故に遭っても遭わなくても同じ利益状態(収入)であれば、損害賠償の対象となる差額部分が無いため、賠償の必要がなくなってしまうのです。
最高裁昭和42年11月10日判決でも、「損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものであるから、労働能力の喪失・減退にも関わらず損害が発生しなかった場合には、それを理由とする賠償請求ができないことは言うまでもない。」と判断し、被害者に収入減が無い場合の逸失利益を認めませんでした。
3.減収が無くても逸失利益が認められる場合
それでは、後遺障害が残っても減収が無ければ、逸失利益は一切認められないのでしょうか。
この点については、後に最高裁判所が新しい判断をしています。
最高裁昭和56年12月22日判決では、
「かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても,その後遺症の程度が比較的軽微であつて,しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては,特段の事情のない限り,労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。」
と判断しました。
収入減が無い場合に逸失利益を認めないという点は昭和42年の判決と同じですが、ポイントは「特段の事情のない限り」と述べている点にあります。
つまり、昭和56年の判決では、原則として減収が無い場合には逸失利益を認めないが、特段の事情があれば逸失利益を認めると判断しているのです。
具体的にどのような事情があれば減収が無いにも関わらず逸失利益が認められるかについては、その後の裁判例で様々な要素が挙げられていますが、主なものとして以下の事情があります。
・昇進、昇給などにおいて不利益を受けるおそれがある
・将来的に退職、転職をせざるを得ない可能性がある
・本人が減収を防ぐために特別な努力をしている
・勤務先が特別な配慮をしている
減収が無いにもかかわらず逸失利益を請求する場合は、このような特別の事情を丁寧に保険会社に説明しなければなりません。これは非常に大変な作業ですし、逸失利益は金額が大きくなりやすい(基礎収入や、等級次第では1000万円を超えることもあります)ので、認められるか否かで賠償額に大きな差が出ることになります。
減収が無いにもかかわらず逸失利益の請求をする場合は、一度交通事故に強い弁護士に相談して特別の事情の有無について検討してもらうことをお勧めします。