1.相談内容

 今回は、先月亡くなった私(相談者)の母の相続についての相談です。
 私の母は、2年以上前から病気で寝たきりで、同居している兄夫婦が介護をしていました。母が亡くなった後、遺産である母名義の預金を見つけましたが、残高照会をしたところ、預金がほとんどゼロに近い状態でした。私は、寝たきりの母の預金がゼロに近いのはおかしいと思い、母の銀行口座の取引履歴を照会しました。すると、母が亡くなる前の1年間のうちに、母の口座から預金がほぼ全額引き出されていることが判明しました。そこで、母と同居していた兄夫婦に事情を聞いたところ、自分たちの借金(金1000万円)返済のために引き出したとのことでした。
 私は、兄夫婦に対し、借金返済にあてた金額はきちんと払ってほしいと言いましたが、兄夫婦は、母の許可をもらって引き出しているから支払う必要はないといって、まともに取り合ってくれません。兄夫婦の借金返済のために費消された母の預金は、一切払ってもらえないのでしょうか。

2.回答

 この問題は、借金返済のため、兄夫婦が母の預金を引き出して費消することについて、母親が同意していたかどうかがポイントとなります。
 場合分けして考えてみましょう。

⑴ 母親が同意していない場合

 この場合、兄夫婦は、法律上母親の預金を費消する原因(権原)がないにもかかわらず、自己の借金返済のために費消したことになるため、母親は、兄夫婦に対し、借金返済に費消した金額の返還請求をすることができます(不当利得に基づく返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権)。
 かかる返還請求権は、金銭債権であり、母親がこの請求権を行使しないまま亡くなった場合、各相続人の法定相続分に応じて、各相続人に相続されることになります。
 そのため、相続人である相談者は、法定相続分に応じて、兄夫婦に対して借金返済のために費消した金銭の返還請求をすることができます。

⑵ 母親が同意していた場合

 この場合、状況としてはさらに以下の2パターンが考えられます。

ア.借金を肩代わりした母親が、兄夫婦に対する求償債権を放棄していない場合

 借金の肩代わりをした母親は、法律上、兄夫婦に対し、肩代わりした借金分の金額の返還請求(求償請求)をすることができます。母親が、借金を肩代わりする限度でのみ同意し、求償債権を放棄したとまでは認められない場合において、母親が亡くなったときは、金銭債権である求償債権が、相続分に応じて各相続人に相続されることになります(前記⑴と同様の結論になると考えられます。)。

イ.借金を肩代わりした母親が、兄夫婦に対する求償債権を放棄した場合

 この場合、借金返済という贈与の趣旨や贈与金額の大きさ(金1000万円)に鑑み、兄夫婦は、母親から「生計の資本として贈与を受けた」ものとして、母親による借金肩代わり(求償債権の放棄)が特別受益に該当する可能性があります。
 特別受益に該当する場合、具体的相続分算定の場面において、いわゆる持戻し計算(生前贈与による贈与=借金返済の額を遺産に合算して、これを法定相続分に従い各相続人に分配し、生前贈与を受けた兄については、借金返済を受けた額だけ減額した金額をもって具体的相続分とする計算方法)をして、兄の具体的相続分を算定することになります。

3.相続でお悩みの方は専門家(弁護士)に相談を

 兄夫婦が、「母親の同意を得ていた」といったことや、「特別受益には当たらない」といったことを主張して譲らない場合、任意の解決は難しく、調停や審判等によって解決を図ることになります。
上記相談に限らず、相続に関する紛争は長期化しやすく、法律的に難解な問題も生じやすいです(上記相談の事案では、兄夫婦が母親の介護をしているため、場合によっては寄与分の問題も生じ得ます。)。そのため、相続問題でお悩みの方は、できる限り早いタイミングで弁護士に相談することをお勧めします。