高齢者施設においては、入居する高齢者やその家族は、どんなサービスが受けられるのか、施設の方と入居者又は入居者間の相性はどうかといった点を非常に気に掛けられていると思います。そのため、高齢者施設においても、サービス内容の一部を体験してもらうことや体験入所してもらうこともあるでしょう。

 体験入所中の高齢者と高齢者施設の間では、まだ入居に関する正式な契約は成立していませんが、万が一の事故があった場合の法的な責任はどのように考えられているのでしょうか。

 高齢者施設の事業主は、入居者の身体に危険が及ぶようなことのないよう注意する義務があり、安全配慮義務があるとされています。このことは、正式な入所の契約は成立していないとしても、体験入所に関する契約が成立している以上、同様に安全配慮義務を負担すると考えられます。

 しかしながら、体験入所と正式な入所手続後の入居者とは異なる面があります。

 安全配慮義務違反があったか否かは、具体的な危険を予見でき、それを回避することができたか否かという観点から結論が導かれます。体験入所の場合、入居前のアンケートを行って、家族及び本人からどのような場面において介護を必要とすると考えているのか確認するといった方法が一般的と思われます。そのため、体験入所の場合は、入所前に得られる数少ない情報からどのような危険が生じうるか予見するほかなく、継続的に入居している入居者のように普段の生活が記録として残されているわけではありません。そのため、事業主としても、予見できる範囲はおのずから限られたものにならざるを得ません。

 このことは、過去の裁判例においても当然考慮されています。たとえば、アンケート項目において、「一部半身介助を要する」という項目と、「時間を要するが自立」という項目を用意していたところ、後者を選択した体験入所中の高齢者が歩行中に転倒したことについて、事業主にとっては、歩行が不安定で転倒の危険があったと予見することはできないと判断され、事業主の責任が否定されたものがあります。

 体験入所におけるアンケートの項目次第で高齢者に対する安全配慮義務として求められる程度をも左右することがあることを認識し、アンケート項目が入所者の求める介助のレベルを判断できるものとなっているか見直してみてはいかがでしょうか。