認知症の発症とともに徘徊傾向が出るご老人もおられ、本連載でも徘徊によって生じた介護事故について紹介したこともありますが、今回は、徘徊傾向について家族の責任を問われている事案をご紹介します。
徘徊中の認知症の老人が線路内に立ち入った結果、列車と衝突し、列車に生じた遅延などの損害について、相続人である老人の家族に対して賠償請求が行われた事案について、先日、名古屋高等裁判所において判決が行われました。結果は、当時85歳であった妻に対しては、359万円の損害賠償を認め、長男の責任については、否定しました。
本件の特徴は、家族に対して民法714条に基づく監督義務者の責任があるとして請求された点にあります。まずは、一体どういったことが定められているかというと、責任能力が認められない者には損害賠償責任を負担させることができないので、法定の監督義務を負担する者やそれに代わって監督する者は、本人に代わって損害賠償責任を負担するとされています。典型的には、未成年者が起こした事故に対する親の責任などが挙げられますが、認知症により責任能力がない状態になってしまった場合にも民法714条が適用されることになります。そして、責任を負担することになるのは、法定の監督義務を負担する後見人や監督義務者に代わってその義務を果たすとされる入院中の病院長、高齢者施設の事業主などが考えられます。
長男の方は後見人ではありませんでした。しかしながら、第1審の名古屋地裁では、後見人とほぼ同視できる程度の財産管理などを行っていたことや情報共有がなされていたことなどから損害賠償責任が肯定されましたが、控訴審である名古屋高裁においては、長男の責任は否定されています。
認知症などの高齢者の方について、本人に代わって財産を管理する制度として後見人制度がありますが、後見人となる場合には、こういった責任も合わせて負担する可能性があります。しかしながら、後見人制度を利用していない場合であっても、事実上同様の働きをしている場合は、法定監督義務者に準じる者として民法714条に基づく責任が肯定されている裁判例は過去にも存在しており、名古屋高裁のように責任が否定されるとは限りません。また、徘徊については、無断の外出に気づくためのセンサーの設置などが求める判断も多く、本件では当該センサーの電源が切られており徘徊に気づかなかったことが責任を肯定する原因の一つとなっています。
在宅介護に課題を投げかける重要な裁判例ではありますが、事業者においても徘徊に対する対策など配慮すべき点についてしっかりと参考にしていく必要があると考えられます。