従業員が就労中に事故により負傷し、あるいは、業務によってうつ病等に罹患してしまった場合、労災保険法に基づく補償を申請し、療養補償や休業補償等の労災補償、すなわち金銭を受給することができる可能性があります。
 すると、従業員が事故により負傷し、あるいは、業務によってうつ病等に罹患してしまった場合には、労災補償が受けられるのであるから、会社は従業員に対して損害賠償を負わなくても済むのでしょうか。

 この点で問題となるのが、労災補償の性質です。

 労災補償の性質は大きく分けて3つあり、①業務上の災害に対する使用者の無過失責任であること(労働基準法上の使用者の災害補償義務を国が肩代わりするものであること)、②財産的損害のみを填補するものであること、及び③損害全額が填補されるものではないこと、が挙げられます。

 ① 労災補償の性質が使用者の無過失責任であり、当該責任に基づく損害の実を填補するものであるとすると、使用者に過失がある場合、すなわち、労働者安全衛生法違反や、安全配慮義務違反があるような場合には、使用者は、労災補償を超えて発生した従業員の損害を支払う義務があります。なお、労災で補償された部分については、使用者の賠償責任から控除されることになります。

 ② そして、労災補償が従業員の財産的損害のみを填補するものであることからすれば、財産的損害以外の精神的損害等(慰謝料等)については填補されないものであることから、当該損害について、従業員等に対して賠償責任を負う可能性があります。

 ③ そして、労災補償は労災保険法等によって定められた基準に従って運用されるものです。

 たとえば休業補償等は4日目以降の休業のみを対象としていることから、3日目までの休業補償については使用者が負う可能性がありますし、4日目以降にしても、填補されるのは給付基礎日額の60%のため、残りの40%部分については使用者が賠償責任を負う可能性があります。

 また、入院にかかる費用は一部しか支払われない(入院時の諸雑費、交通費、及び付添看護費等が支払われません)ことが多いため、超過分については使用者が責任を負う可能性があります。

 加えて、労災補償においては、従業員に対して特別支給金が支払われることがあります。
 特別支給金としては、休業特別支給金として給付基礎日額の20%分が支払われたり、従業員死亡時に遺族特別支給金として金300万円が支払われたりすることがあります。
 このような特別支給金ついては、労働福祉事業の一環として、従業員の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであることから、従業員の財産的損害を填補する性質のものではなく、使用者の負う損害賠償責任からの控除の対象とはならないとされています(最判平成8年2月23日労判695号13頁)。

 以上のように、従業員に労災補償が支払われているとしても、使用者が損害賠償責任を負う可能性があります。使用者の損害賠償責任については、上述の控除等の問題のみならず、使用者の過失や損害の範囲等、様々な点が争点となり、高度に専門化した訴訟となる可能性が高いため、従業員が業務上負傷したり、うつ病等に罹患した時点で、速やかに弁護士等の相談されることをお勧めいたします。

弁護士 中村 圭佑