Ⅰ 休職期間満了後の打切補償制度と労災について

 労働者が傷病等により休職した場合、労働基準法(以下、「労基法」といいます。)19条1項但書前段によれば、「使用者が第81条の規定によって打切補償を支払う場合」には休職期間満了後直ちに解雇することができるとされています。

 また、労基法75条によれば、業務上起因する傷病については「(a)療養補償」として治療に必要な費用負担をしなければならないところ、「(b)打切補償」とは、当該「(a)療養補償」を労働者が受け続けている場合に、1200日分の平均賃金を支払うことで、その後の「(b)療養補償」を行わなくてもよい、ということが規定されています。

 一方で、労働者が業務上起因する傷病については、労災保険給付が支払われる場合があります。労災保険給付には、病院に通院した場合の治療費等に関する「①療養補償給付」、傷病により仕事を休業した場合の「②休業補償給付」、療養開始後1年6ヶ月経過した日又は同日後において、傷病が治っておらず、厚生労働省令で定める傷病等級1級から3級に該当する場合に支給される「③傷病補償年金」等があるところ、「③傷病補償年金」については等級に該当しない場合には給付されないため、傷病の程度がそれほど重度ではない場合であって、治療が長引いているような場合には、「①療養補償給付」「②休業補償給付」が支給されながら、「③傷病補償年金」は支給されないにもかかわらず、休職期間は3年を超えるということが生じ得ます。

 さらに、労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」といいます。)19条は、業務上の傷病にかかった労働者が療養開始後3年を経過した日又はその日以後に「③傷病補償年金」が支払われている場合には、労基法81条における「(b)打切補償」が支払ったものとみなすとされています。

 そのため、「③傷病補償年金」が支払われている場合には、休職期間満了後に解雇できることになります。

 そこで、「③傷病補償年金」が給付されるほどの病状ではないが、休職期間が長引いている従業員がいて、「①療養補償給付」「②休業補償給付」は支払われているような場合、当該従業員を労基法75条の「(a)療養補償」が支払われているものとして、「(b)打切補償」を支払うことで解雇することができるのでしょうか。

 実態としては、従業員は生活に関する補償を受けており、形式上は会社から受けているか労災保険給付として受けているかが異なるのみであるため、問題となります。

 その点が、争われたのが、次に紹介する裁判例です。

Ⅱ 東京高裁平成25年7月10日判決

 結論としては、「①療養補償給付」「②休業補償給付」は支払われているが、「③傷病補償年金」が支払われていない場合には、「①療養補償給付」「②休業補償給付」は労基法75条の「(a)療養補償」には当たらず、「(b)打切補償」による解雇は認められないとされました。

 理由としては

(ア)労災保険法において、「③傷病補償年金」が支払われておらず「①療養補償給付」「②休業補償給付」が支払われている場合について何ら触れられていないこと

(イ)労基法19条1項但書前段の趣旨としては、打切補償の支払いにより、療養が長期化した場合に使用者の災害補償の負担を軽減することにあるが、労災保険が給付されている間は会社は社会保険程度の負担で済むことから使用者に対しそのような負担を課すことが不合理なものとは言えないこと

(ウ)「③傷病補償年金」が支払われている場合には解雇できることとの差異の理由としては、「症状が厚生労働省令で定める重篤な傷病等級に該当する場合においては、復職の可能性が低いものとして雇用関係を解消することを認めるのに対し、症状がそこまで重くない場合には、復職の可能性を維持して労働者を保護しようとする趣旨によるものと解されるのであって、上記のような際も合理的というべきである」

 といった点が挙げられています。

Ⅲ 本判決から見る実務における留意事項

 一般的に休職期間が終了した場合に従業員を解雇するには、復職可能性等を考慮し、復帰が不可能と認められる場合に可能なものであり、復職可否の判断には治療をした医師以外に第三者としての医師の意見等を取り入れる等、慎重を期さねばなりません。その点で、「(b)打切補償」を支払うことにより解雇することができるということは会社にとってメリットの大きい手段ですが、本判決によれば、労災保険により「①療養補償給付」「②休業補償給付」が支払われているのみでは、「(a)療養補償」が支払われているものとは認められないとされていることから、当該状況において休職期間が終了した従業員に対し「(b)打切補償」を支払うことにより解雇することはできません。

 そのため、業務上起因する傷病等により休職期間が終了した従業員を「(b)打切補償」を支払うことにより解雇するには、休職期間に「(a)療養補償」を会社が支払っている状況になければならないということになりますが、会社にとっては、労災保険給付以外に従業員以外に「(a)療養補償」を支払うコストを負うことになるため、当該コストを考慮しても休職中の従業員の解雇を検討したいという場合には、労基法19条1項但書前段による方法を検討すべきかと思われます。

弁護士 中村 圭佑