相談

 当社は、キャラクターの衣料を企画・販売しているのですが、昨年の夏に、芸人をやっている友達のためにオリジナルTシャツを製作したところ、その芸人の人気が出て、当社にもいろいろと引き合いが来るようになりました。

 そうした中、大手子供服メーカーが、Tシャツの図柄を使って乳児用エプロンを作って欲しいと言ってきました。相手方の担当者は若いヤツでしたが、大手ということもあり、社内プレゼン用にサンプルをいくつか作らされました。そして、その担当者は、数ヶ月前に、「大々的に売り出す準備ができましたので、量産に入ってくれ」「欠品出すとメーカーの信用にかかわるのでそれなりの量が必要」とか言って、大量の初期在庫を作るよう指示してきました。

 いよいよ納品という段階で、相手方の担当者がそのメーカーを辞めたという噂が入りました。なんだか胸騒ぎがしたので、その上司と面談したところ、「当社は、高級ベビー用品を取り扱っており、お笑い芸人のTシャツと同じ柄はブランド戦略に反する。彼は、社内プレゼンはしていたようだが、商品化しないことは決定済みだった。そして、先月、本人から辞職の申出があった。いずれにせよ、お宅にエプロンを発注した覚えはないので、持ち込んでもらっても困る。」と言われ、追い返されました。エプロンにはメーカー名を入れてあり、他に転売できませんし、頭を抱えています。

 相手が大手企業ということで信用してしまい、契約書や発注書などの形に残るものは、一切要求しませんでした。この損害は当社が抱えなければならないのでしょうか?

回答

1.口頭契約の危険性

 中小企業の中には、大手企業からの指示で、大きな売上の見込みがあることを文句に、さんざん商品を作らされた挙げ句、担当者の「やっぱり、やめた」の一言で、突如として契約の締結を拒否され、莫大な損害を被るところが少なくありません。

 こういう場合、たいていの大手企業側は、契約書等のペーパーを一切出さず、責任者といってもペーペーの担当者がうろちょろするだけで、社長や役員は出てきません。

 中小企業サイドは、売上が欲しいが為に、頭を下げて大手企業からの発注を期待し、ありとあらゆる無理難題を呑み、発注書や依頼書等の書類の裏付けが一切ない状態で、お金や人的資源をつぎ込み、テストを実施し、サンプルを作り、さらには、今回のご相談のように、初期在庫まで作らされます。

2.口頭契約をドタキャンされた場合の対処法

 とはいえ、今回のケースで「ドタキャンされたまま泣き寝入りをしろ」というのも酷といえば酷です。そこで、ドタキャンされた後の話として、大手企業に対して、何らかの責任を負担してもらう方法がないかどうか検討してみます。

 まず、「契約準備段階の過失」という法理です。これは、「契約締結に至らない交渉段階であっても、契約締結の見通しがなくなった段階で相手方に告知するなどの義務があり、これに違反したら、相手方の損害を賠償すべきである」という判例上の理屈です。

 また、相手方担当者の行動に、契約締結が困難となった状況を故意に知らせなかった等、違法と評価されるような行動があった場合には、担当者の使用者たる相手方企業に対して、使用者責任(民法715条)を追及するということも考えられます。

 さらに、こちらも相手企業も法律上「商人」とされますから、「商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができると規定する商法512条の活用も考えられます。

3.本件について

 大手企業がペーパーを出さず、言質を取られないようにする理由は、最後まで「ドタキャンできる権利」を確保しておきたいからです。逆に、そのような企業と取引をする側としては、こういうリスクを常に念頭に入れておかなければなりません。むしろ、こういう大手企業のやり口を理解しておき、自社の貴重なリソースを投入する前に、発注書等を要求する対応をとるべきだったと言えるでしょう。この種のトラブルは起こってからでは遅く、予防できるか否かで勝負が決まってしまうのです。

 とはいえ、泣き寝入りするのも耐え難いでしょうし、和解狙いで訴訟を提起することを検討してみましょう。ただし、先程申し上げた法的手段ですが、いずれも可能性の高い方法ではありません。というのも、裁判所から、「契約締結や発注書の徴収などの当たり前の法的予防措置を取らないで、代金支払を拒否されるなんて、自業自得。賢く行動した相手先企業に文句を言うのは筋違い」という見方をされてしまう可能性もあるからです。

 ですので、大手企業のひどいやり口を丁寧に説明し、裁判所に積極的にアピールすることが必要です。また、怒りを抑えて当該担当者と接触し、彼をこちら側に取り込んで、相手先企業のやり方の不当性を証言してもらう証人として活用する方法もやってみる価値はあるでしょう。

弁護士 細田大貴