労災補償について、少しお話したいと思います。
 労働災害には、工場や建設現場での事故のような災害性の事故だけでなく、過労やストレスによる疾病等があります。
 労災事件における法的手続きには、(1)労災保険金の請求と(2)使用者に対する損害賠償請求の2つがあります。このうち、(1)労災保険金の請求については、社会保険労務士の方もやられていますが、(2)使用者に対する損害賠償請求というのは、弁護士でないとできない事です。

 労働基準法の労災補償制度は、業務上の災害に対する使用者の無過失責任を認めていますが、身体的損害のみを対象とし、物的損害や精神的損害は対象にしていません。また、損害の全額でなく一定割合を填補するものにすぎません。そのため、(1)労災保険金で補填できない部分は、やはり(2)使用者に対する損害賠償が問題になります。

 (2)使用者に対する損害賠償請求は、使用者の安全配慮義務違反(債務不履行)や不法行為上の注意義務違反の責任を問うものです。
 このうち、使用者の安全配慮義務違反(債務不履行)とは、使用者には、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」(安全配慮義務)があり、これに違反したため労働者に損害が発生した場合には、その損害を填補しなければならないということです。

 安全配慮義務の具体的内容は、上記のように抽象的に定義されており、その適用範囲はたいへん広範です。しかし、無限定というわけでもありません。
 それでも、裁判で原告の主張が認められた事例としては、長時間労働や過重な出張で過重な労働をさせたこと、過大な業務量やノルマを課した、あるいは人員配置を怠って補充をしなかったこと、高温、騒音等特殊な劣悪な労働環境においたこと、ハラスメントを放置したこと等があり、うっかり見過ごしてしまいそうな内容で安全配慮義務違反が認められ、使用者の責任が問われていますので、注意が必要と考えられます。

 (1)業務上災害に基づく労災保険の給付の内容には、①療養補償給付、②休業補償給付、③障害補償給付、④遺族補償給付、⑤葬祭料、⑥傷病補償年金、⑦介護補償給付があります。

 上記の給付内容のうち、主なものを説明すると、

① 療養補償給付……簡単にいえば治療費です。ただし、政府が必要と認めるものに限られます。
② 休業補償給付……業務上の負傷又は疾病のため労働することができず、賃金を得られない場合に、休業4日目から1日につき給付基礎日額の60%が支給されます。
③ 障害補償給付……業務上災害による傷病が治った後も障害が残った場合に、後遺障害の等級に応じて支給されます。
④ 遺族補償給付……労働者が業務災害により死亡した場合に、遺族に対して支給されます。

 上記の給付は、内容によって時効が異なります。①療養補償給付、②休業補償給付、⑤葬祭料、⑦介護補償給付の時効は2年ですが、③障害補償給付、④遺族補償給付の時効は5年です。

 気をつけるとよいこととして、時効の起算点という問題があります。たとえば、①療養補償給付について、治療費の自己負担分は、長期間療養していても、現在からさかのぼって2年分までしか労災申請をして請求できないとされています。

 これに対し、③障害補償給付請求権の消滅時効は、業務上災害による傷病の症状が固定し、かつ、その傷病の業務起因性が認識可能となったときから進行するという裁判例があります。

 労災保険法は、国家公務員、地方公務員などの例外を除いて、労働者を雇用するすべての事業に適用され、1人でも労働者を雇っている事業主は、労災保険の加入を行わなければなりません。しかし、実際には労働者であるにもかかわらず、業務委託契約を締結して仕事に従事させるなどして、労災保険法の適用を免れている例は珍しくないといわれます。

 そして、上記のように、労災保険法の適用があるにもかかわらず、労災保険の加入手続きを行わない事業者が相当数に上ることが、労災保険制度の運営上問題となり、平成17年に労災保険の費用徴収制度が強化されました。

 事業主が労災保険の加入手続きを怠っていても、事故が発生した場合、労働者やその遺族には労災保険が給付されます。その一方で、事業主からは給付された労災保険の金額の全部又は一部が費用徴収されます。この事業者から労災保険の給付金を徴収する制度を、費用徴収制度といいます(なお、別途遡って2年分の保険料も徴収されることになります。)。

 平成17年の制度強化のポイントは、以下のとおりです。

ポイント1

 労災保険の加入手続きについて行政機関から指導等を受けたにもかかわらず、手続きを行わない期間中に業務災害や通勤災害が発生した場合→事業主が「故意」に手続きを行わないものと認定し、当該災害に関して支給された保険給付額の100%を徴収

ポイント2

 労災保険の加入手続きについて行政機関から指導等を受けてはいないものの、労災保険の適用事業となったときから1年を経過して、なお手続きを行わない期間中に業務災害や通勤災害が発生した場合→事業主が「重大な過失」により手続きを行わないものと認定し、当該災害に関して支給された保険給付額の40%を徴収

 以上のような厳しい費用徴収がありますので、予防法務の観点からは、実態が労働者であるならば、きちんと労災保険に加入しておいてほうがよいと思われます。