ブラック企業に対する厚生労働省の監督指導強化
~本年9月に「ブラック企業」4000事業所への集中取り締まり~

Ⅰ.本年9月の集中取り締まりについて

 厚生労働省は、平成25年8月8日付プレスリリース(以下、「本件プレスリリース」といいます。)において、若者の使い捨てが疑われる企業等への取り組みを強化する旨発表しました。また、同日、厚生労働大臣は「ブラック企業」が若者の活躍推進の妨げとなっていると発言しました。リーマンショック以降、ブラック企業が社会的に取り沙汰され、若者の就労環境に大きな影響を与えており、弁護士業界でもブラック企業に関する過労死や未払残業代等の問題が持ち込まれることが増えてきております。

 今回の厚生労働省のブラック企業に対する取り組み強化の具体的内容は、長時間労働の抑制のために本年9月を「過重労働重点監督月間」とし、労働基準監督署の情報に基づき、極端に離職率が高く苦情や相談の多い企業4000社への立ち入りを行うとしました。特に、過去に過労死等事案を起こした企業等について再発防止の取り組みを徹底

させるとしています。

 そして、立ち入りに際しては、以下の3点を「重点確認事項」として挙げています。

① 時間外・休日労働が36協定の範囲内であるかについて確認
② 賃金不払残業(サービス残業)がないかについて確認
③ 長時間労働者については、医師による面接指導等、健康確保措置が確実に講じられるよう指導

 また、上記の確認において法違反が認められた場合には監督指導し、指導に従わない場合や、重大かつ悪質な違反が確認された場合等には、刑罰を科すべく送検する、企業名の公表及びハローワークにおける職業紹介の対象としない等の措置を採るとされていることから、厚生労働省は監督指導を強化する方針であると考えられます。

Ⅱ.サービス残業のリスクについて

 企業が労働者に対しサービス残業を行わせた場合、労働者から過去2年間分の未払残業代を請求される可能性があります。

 そして、本年9月の集中取り締まりのように労基署が立ち入りをした場合、すべての労働者につき未払残業代を支払うよう是正勧告をされる可能性があり、その結果、すべての労働者に対し一度に未払い残業代を支払うことになる可能性があります。

 過去には、労基署が立ち入りした結果、数十億円以上の未払い残業代が発覚し、労基署からの是正勧告により、当該金員をすべて支払ったという事例が存在します。

 そのため、会社としては適切に残業代を支払わないと、後日思わぬ形で高額の未払残業代を支払う義務を負うことになります。

 そして、何より本件プレスリリースでは刑事罰(6月以上の懲役、又は30万円以下の罰金[労働基準法119条1号、37条])の厳格な適用も匂わせているとともに、企業名の公表が行われれば「ブラック企業」という印象を世間一般に与えることになりかねません。このように、今後サービス残業に対する社会の認識は厳しくなると考えられることから、請求の有無にかかわらず、適切に労務管理を行ったうえで、サービス残業をなくしていくことが会社経営のリスクを回避することにつながります。

Ⅲ.長時間労働を課すことのリスクについて

 企業経営においては、限られた数の労働者で多くの仕事をするようなことも想定され、そのような場合、長時間労働の必要性が発生します。しかし、過度の長時間労働を課すと、心臓疾患、脳疾患、又は精神疾患につながる可能性があり、その結果として、労働者が死亡する可能性もあります。労働者が死亡した場合、逸失利益や慰謝料等、多額の賠償責任を会社が負う可能性があるため、過度の長時間労働は会社にとって回避しなければならない経営課題といえます。

 長時間労働に関しては、厚生労働省は、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」及び「心理的負荷による精神障害の認定基準について」という通達を出しています。

 「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」によれば、発症前1か月間に100時間又は発症前2か月間から6か月間にわたって1か月あたり80時間を超える時間外労働が行われた場合には、業務と脳血管疾患及び虚血性心疾患等の発症との関連性が強いとされています。

 そして、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」によれば、発病前の1か月間に160時間を超える時間外労働が行われた場合、発病前の2か月間に1か月あたり120時間を超える時間外労働が行われた場合、又は、発病前3か月間に1か月あたり100時間を超える時間外労働が行われた場合には業務と精神障害の発症との関連性が強いとされています。

 そのため、1か月あたり80時間から100時間を超える時間外労働が恒常化している場合には、会社としては、長時間労働を回避する措置を検討するとともに、従業員に対する医師による面接指導等の健康確保措置を講じることを検討する必要があるといえますので、注意が必要です。