賃貸借契約を結ぶ場合、契約書の中に「犬、猫等のペットを飼育してはならない。」旨の禁止特約があり、「この特約に違反した場合、契約を解除することができる。」といった解除条項が盛り込まれていることがあります。

 この規定だけ見ると、賃借人が犬、猫等のペットを飼っていることが判明した場合(これを「用法遵守義務違反」といいます。)、賃貸人はただちに契約を解除できるようにも思えます。
 しかし、実際の裁判例は、契約解除を肯定した例もあれば、否定した例もあります。

① 肯定例(東京地裁昭和58年1月28日判決)

 賃借人が賃貸マンションの一室で猫一匹を飼っていたところ、部屋の中が猫の臭いその他諸々の臭いの入り混じった悪臭がこもっていたという事案において、裁判所は、猫を飼育すること自体は非難されるべきことではないが、多数の居住者を擁する賃貸マンションでペットの飼育が自由に許されるとすると、マンション内外が不衛生になる事態を生じ、あるいは、近隣住民に迷惑ないし損害を与える可能性があることから、賃借人はペット飼育禁止特約を遵守する義務があり、本件ではその義務違反が認められるとして、契約解除を認めました。

 この事案では、賃貸建物の駐車場に住みついていた野良猫に対し餌を与えており、賃貸人がこれをやめるよう申し入れていたにもかかわらず、餌やり行為をやめなかった事情も、賃貸人及び賃借人間の信頼関係破壊の一事情として考慮しています。

② 否定例(東京地裁平成18年3月10日判決)

 事案は、賃借人が賃貸物件で小型犬のマルチーズを5年以上にわたり飼育していたところ、旧賃貸人の元では事実上黙認状態となっていたというものです。

 裁判所は、ペット飼育禁止特約違反によって賃貸借契約を解除することができるのは、賃借人が特約に違反し、そのため、賃貸人及び賃借人間の記信頼関係が破壊されるに至ったときに限られるとしたうえで、本件で賃借人が飼育しているマルチーズは、体重2.5キログラム程度の小型犬であると認められ、また、これまでに、犬の鳴き声等により、同一住宅の他の居住者や近隣住民に迷惑や損害を与えたり、本件建物に損害を与えたりしたことは窺われないから、特約違反であっても、そのために、賃貸人及び賃借人間の信頼関係が破壊されるに至ったとまでは認められないとして、解約解除を否定しました。

 このように、微妙な表現の違いはありますが、裁判所は、往々にして、単なる特約違反では足りず、その特約違反が賃貸人及び賃借人間の信頼関係を破壊するに至った場合にはじめて契約解除を認める傾向にあります。そして、ここでいう「信頼関係の破壊」とは、一般に、ペットの鳴き声、排泄物、臭い、毛等により、賃貸物件に損害を与えるおそれを生じさせている場合や、近隣住民に迷惑又は損害を与えるおそれを生じさせている場合を言うことから、これらのおそれがあることを裏付ける証拠があるか否かが鍵となります。

 したがって、賃貸人が、ペット飼育禁止特約違反を理由に建物明渡しを求めようとする場合には、裁判例の傾向を踏まえたうえで、賃借人本人や近隣住民からの事情聴取、写真撮影(プライバシー侵害にならない程度で)、鳴き声の録音など、信頼関係破壊を言うための証拠固めをしておくことが大切です。