こんにちは。本日は、使用者が労働者に対し債権を有している場合に許される賃金の控除範囲について判断した裁判例をご紹介します。
裁判例の紹介の前に、前提となる知識を確認しておきます。賃金の支払いについては、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」(労基法24条本文)という賃金の全額払いの原則がありますので、使用者が労働者に対し債権を有している場合でも、労働者に対し、賃金の全額を支払わなければならないのが原則です。
しかし、法令に別段の定めがある場合又は条件を満たす労働組合若しくは労働者の過半数代表と書面による協定がある場合は、賃金の一部を控除して支払うことができます(労基法24条但し書き後段)。
本日ご紹介する裁判例は、使用者と労働組合との間に賃金を控除する旨の協定が存在する場合において、労使協定を根拠に行う賃金の控除については、控除限度額は「賃金額」4分の1にとどまるとして、それを超える額の控除は違法無効と判断したものです。
事案の概要(東京地裁判決平成21年11月16日・労働判例1001号39頁)
Ⅹは、Y社に勤務するタクシー運転手であり、Y社は社内の労働組合との間で、協定書により、従業員の給与から社会保険料・税金等、法令に基づいて控除されるべき金員、労働組合費、賃金内払金のほか、運送収入の納金不足額および貸付金を控除することを協定し、Y社は上記協定に基づいて賃金の一部を控除してⅩに賃金を支払った。
Ⅹは、Y社を退職後、賃金の控除が違法であるとして未払賃金の支払い等を求める訴えを提起した。
裁判所の判断
労働基準法24条1項ただし書きは賃金の「一部」の控除を許容するものであるし、労働者の経済生活を脅かすことがないようにするという同条の趣旨からすれば、労使協定を根拠に行う使用者の従業員の賃金からの控除については、民事執行法152条および民法510条に照らし、控除限度額は「賃金額」の4分の1にとどまるとし、本件賃金控除につき運賃未収および前月不足分等の控除対象合計額のうち、Ⅹの賃金の4分の1を超過した額は労働基準法24条1項に反し違法無効としました。
分析
まず、協定で定められた控除対象のうち、社会保険料・税金等はそもそも「法令に別段の定めがある場合」(労基法24条1項後段)に該当するものですので、賃金からの控除に問題はありません。
また、労働組合費の賃金からの控除については、条件を満たすチェックオフ協定が存在すれば全額払いの原則の例外として許容されるのが最高裁判例ですので(最判平元年12月11日民集43巻12号1786号)、問題ありません。
賃金内払金の控除については、本判決は、「賃金の前払いそのものであって、これを控除することは、本件協定によるまでもなく、賃金全額払いの原則に反しない。」としており、正当な判断であることは明らかで、この点についても問題はありません。
本判決は、運送収入の納金不足額および貸付金については、賃金額の4分の1までしか控除を認めず、これを超える部分を無効としました。その理由は、労基法24条1項の文言及び立証趣旨、民事執行法152条及び民法510条を根拠とするもので、非常に説得的なものです。
賃料の控除が違法無効と判断された場合、その無効とされた額について支払の必要があるだけでなく、支払済みまで商事法定利息である年6パーセントの割合による遅延損害金の支払い義務の必要が生じます(本裁判例参照)。したがって、協定等で控除限度を4分の1としていない場合でも、全額を控除することなく控除を4分の1にとどめるべきです。もっとも、本件の協定においても、全額控除可能な社会保険料等についての定めがあったように、協定に定めた控除対象の全てについて控除限度が4分の1というわけではありません。全額控除してよいか、4分の1を控除限度とすべきかものであるかについては、弁護士にご相談ください。