1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。

 小職の前担当回では、『不動産業界に関連する最新重要判例の背景に関する考察』と題して、最高裁が、賃貸物件の明渡し業務と弁護士法72条本文との関係について初めて判断を示した、最判平成22年7月20日決定(刑集64巻5号793頁)の概要及びその意義を紹介した上で、同決定が出された社会的背景を考察しました。

 さて今回は、これもまた不動産業界で実務を担当される方には、ぜひ知っておいて頂きたい最新重要判例を素材として、そこから得られる不動産実務へのヒントについて検討していきたいと思います。

2 最判平成23年7月15日(裁判所時報1535号265頁)

(1) 判決要旨

 最判平成23年7月15日判決(裁判所時報1535号265頁。以下「平成23年判例」といいます。)は、更新料の支払いを約する旨の特約の効力が、消費者に不当に不利益な契約条項を無効とする消費者契約法10条に照らして認められるか否かが争われたところ、「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。」旨判示されたものです。

(2) 本稿のテーマ

 平成23年判例は、それまで高裁レベルで判断が分かれていた[1]更新料の支払いを約する旨の特約の効力について、最高裁が、初めて判断を示したものとして広く注目を集めたものです。

 それゆえ、不動産実務の第一線でご活躍され、本ブログについても日頃ご購読下さるような意識の高い方々の中には、平成23年判例については、すでに耳にしているという方もいらっしゃるかも知れません。

 そこで、本稿では、平成23年判例について、もう一歩踏み込んで、不動産業界で実務を担当なさる方の視点に立った検討を行い、明日の実務に役立つヒントをご提供できれば幸いであると考えています。

(3) 平成23年判例から得られる、不動産実務のヒント

ア 平成23年判例の掲げる2要件

 平成23年判例は、更新料の支払いを約する旨の特約が有効なものとして認められるための要件として、以下の2点を挙げています。

要件① 更新料条項が、「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され」ていること
要件② 更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの事情がないこと

イ 明確性(要件①)

 まず、更新料の支払いを約する旨の特約の効力が認められるためには、その特約の内容が賃貸借契約時に明確に合意されている必要があります。

 特約の内容が一義的に明確になっていない場合には、そもそも「それは契約内容になっていないという評価」[2]をされて、消費者契約法10条との抵触を論じる以前の問題として、いわば門前払いをされることになると考えられます[3]

ウ 消費者に不当に不利益な契約条項でないこと(要件②)

 次に、消費者契約法10条との抵触が検討されることになりますが、その際には、「消費者契約法の趣旨、目的(同法1条参照)に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者の間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断される」ことになります。

 なお、この検討において、平成23年判例は、更新料の支払いに関する「公知」の慣習があると認められること、従前の裁判上の和解手続等でも更新料条項につき公序良俗違反を理由に無効とするような扱いがされてこなかったことを指摘している点が注目されます。

エ 勘所は「下準備」

 ここまでお読み頂ければお気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、特約条項の効力が認められるか否かは、契約締結前にすでに決していると言っても過言ではないのです。

 すなわち、契約書を作成する段階で、第三者(裁判所)の目線でみて、当該特約条項を一義的に明確となっているか(要件①)をチェックした上で、平成23年判例が掲げた高額に過ぎないことという要件(要件②)を参考に、消費者契約法10条に抵触していないかを検討することが必要と考えられます。

3 最後に

 平成23年判例から得られる不動産実務に関するヒントは、以上のとおりであると考えます。
 ただし、言うは易く行うは難し。契約書中に盛り込む条項の内容について悩まれるような場合には、不動産関連に知見を有する法律事務所にリーガル・チェックを依頼なさるのも、ひとつの解決策となるかと思います。

 今回のお話は以上となります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

弁護士 伊藤蔵人

[1] 例えば、更新料条項を無効と判示した裁判例としては大阪高判平成21年8月27日、これを有効と判示した裁判例としては大阪高判平成21年10月29日。
[2] 松本恒雄・加藤雅信・加藤新太郎「鼎談 民法学の新潮流と民事実務[第11回] 消費者契約法を語る」判例タイムズNo.1206―22頁。
[3] 例えば、最判平成17年12月16日・民週218頁1239頁参照。