3月11日に発生した東日本大震災による影響は、個人の生活だけではなく、企業の活動にも広く及んでいます。そこで、今回は、震災の場合に生じ得る法的問題のうち、労働関係の問題についていくつか考えてみようと思います。

 今回の震災では、交通機関が止まったことによる帰宅難民が大勢出ましたが、このように震災で交通機関が止まったこと等の理由で労働者が欠勤した場合、会社は給与を支払わなければならないのでしょうか。

 まず、会社とその社員の間には、労働契約(雇用契約)が結ばれていますが、その契約の主たる内容は、労働者が労働を提供し使用者がその報酬を与えることです(民法623条)。

 震災のために社員が欠勤する場合、社員はその契約上の労働提供義務を履行しないことになりますが、震災は不可抗力ですので、会社も社員もどちらも悪くありません。この場合、労働の提供と対価関係にある報酬の支払については、民法上の危険負担という考え方で処理されます。民法上は、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない」(536条1項)と定められていますので、これによれば、社員は、労働の反対給付である報酬を受ける権利を有しない、ということになります。従って、会社は労働者に給与を支払う義務はない、といえることになります。

 では、社員が震災のために欠勤せざるを得ない場合、その社員に対して懲戒処分、降格、配転命令、出向命令、転籍命令等の不利益処分を行うことはできるでしょうか。
 これについては、以下の理由により、いずれの不利益処分も行うことはできません。

(1) 懲戒処分については、懲戒処分が客観的に合理的な理由を欠き、または社会通念上相当として是認し得ない場合には懲戒権の濫用として同懲戒処分は無効となることを示した判例(最判昭58年9月16日)ありますので、これに従えば、上記の場合は懲戒権の濫用として懲戒処分は無効になるでしょう。

(2) 人事権の行使としての降格については、相当の理由がなく労働者の不利益が大きければ、人事権の濫用として無効と考えられています。震災という不可抗力による欠勤の場合には、降格にする相当の理由は認められないでしょう。

(3) 人事権の行使としての配転命令、出向命令、転籍命令については、業務上の必要性と、本人の職業上・生活上の不利益とを比較考量して、それらの命令が人事権の濫用と認められる場合には、同命令は無効となりますので、震災による欠勤を理由とする命令は、人事権の濫用にあたり、無効ということになるでしょう。

弁護士 堀真知子