前回の記事はこちら:不動産投資入門7(賃貸借契約の終了)
(1) 契約の解除
賃借人の債務不履行により、賃貸人が当該賃貸借契約を解除した場合も賃貸借契約は終了します。典型的には、賃料の不払いがありますが、用法違反や無断増築・無断転貸などもあります。
ところで、債務不履行があれば直ちに解除できるというわけではありません。
第1に、契約を解除するには、原則として「催告」[24]が必要です。催告とは、例えば、賃料不払いを理由とする場合、「○○○までに支払いがないときには、本契約を解除する」などというように、相当期間の猶予を与えて賃借人に履行を促すことを言います。したがって、賃料の不払いがあるからといって、直ちに契約を解除できるわけではなく、賃借人に対して相当な期間を与えて支払いを促し、その期間内に支払いがないときに初めて契約を解除できることになります。
第2に、催告さえすれば契約を解除できるかというと、そうではありません。その債務不履行が契約当事者の信頼関係を破壊するようなレベルのものでないと、契約の解除はできないというのが判例のルール[25]なのです。つまり、債務不履行の程度が軽微である場合には、解除できないということです。賃料不払いを例にとると、賃料の滞納が1ヶ月程度では解除できません。事案にもよりますが、実務の相場では概ね3ヶ月から6ヶ月程度の滞納期間が必要だと言われています(信頼関係破壊理論)。
では、特約で「無催告解除条項」を契約書に盛り込んでいた場合はどうでしょうか。実は、この特約条項には問題があります。なぜなら、この特約を全面的に有効だとしてしまうと、先の信頼関係破壊理論が骨抜きになってしまうからです。この点を考慮に入れ、「催告をしなくても不合理とは認められない事情(背信性を基礎づける事情)がある場合には、催告なくして解除できる旨を定めた約定として有効とした最高裁判例[26]があります。つまり、催告をしなくても不合理とは言えない事情がある時に限って、この特約条項を使って解除してもよいということです。したがって、この特約条項を契約書に入れたからといって、常に無催告解除ができるわけではないということです。やはり、ここでも先の信頼関係破壊理論が働いているわけです。
では逆に、無催告解除特約を入れなかった場合、無催告解除できる場合はないのでしょうか。この点については、債務不履行の態様があまりにも悪質な場合には、特約がなくても無催告解除は許されるとした最高裁判例[27]もあります。
ここでもやはり、信頼関係破壊理論が働いていることが見て取れます。
そうすると、無催告解除特約があろうがなかろうが、信頼関係破壊の程度によって無催告解除が許される場合があるということだから、このような特約条項を入れることにあまり意味はないじゃないか、ということになりそうです。実際に、このような観点から契約書中に無催告解除の特約条項を入れない例も少なくありません。
しかし、それでも私は、この特約条項を入れておくべきであると考えます。理由は3つあります。
第1に、最高裁は、特約条項がない場合には、「債務不履行の態様があまりにも悪質な場合」に狭く限定して無催告解除を許容しているのに対して、特約条項がある場合には、「無催告解除が不合理であるとは言えない場合」であれば無催告解除できるとして、その要件を緩和しているように読めるからです。つまり、特約条項の存在を尊重している姿勢が伺えるのです。
第2に、このような特約条項を入れたからといって、その条項が全面的に無効とされているわけではありませんから、特約条項を盛り込むことによって生じるデメリットは何もないという点です。
第3に、何よりもこのような特約条項の存在は、賃借人に対して大きな心理的プレッシャーを与えることができる点です。私がこれまでに述べてきた法律論に熟知している賃借人はまずいません。この特約条項の存在によって、賃借人が契約の解除を恐れ誠実に賃料の支払いを継続すべく動機づける心理的効果は無視できないと思います。
したがって、契約書中には、無催告解除特約条項を是非入れてください。
[24] 民法第541条は、「当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約を解除することができる」と規定している。
[25] リーディング・ケースとして、最高裁判決昭和39年7月28日。
[26] 最高裁判決昭和43年11月21日。
[27] 最高裁判決昭和27年4月25日、最高裁判決昭和50年2月20日。