1 再び「ビジョナリ―・カンパニー 飛躍の法則」

 こんにちわ、久しぶりにブログを書きます。
 前回、「ビジョナリ―・カンパニー 飛躍の法則」という本を取り上げ、「適切な人材をバスに乗せて、不適切な人材をバスから降ろす」というお話をしました。

 今度も、この本の中から私が感銘を受けた内容を紹介したいと思います。
 今回は、企業(組織)の経営者(指導者)についてです。
 この本の著者は、企業で働く人間を5段階のレベルで類型化しています。

 第1水準 有能な個人
 第2水準 組織に寄与する個人
 第3水準 有能な管理者
 第4水準 有能な経営者
 第5水準 第5水準の経営者

 さて、この類型では、有能な経営者の上にさらに最高位に位置する”第5水準の経営者”というのがいます。有能な経営者よりもすごいんですよ。いったいとんな経営者なんでしょうかね。

2 第5水準の経営者

 著者は、偉大な企業はいずれも第5水準の経営者によって導かれていたと述べています。
 そして、著者は、第5水準の経営者について、次のように説明しています。ちょっとそのまま引用しますね。

「第5水準の経営者は、自尊心の対象を自分自身にではなく、偉大な企業を作るという大きな目標に向けている。我や欲がないのではない。それどころか、信じがたいほど大きな野心をもっているのだが、その野心はなによりも組織に向けられていて、自分自身には向けられていない」

 この短い文章は、本質を看破しています!なぜこのような経営者が単なる”有能な経営者”のレベルを超えて”第5水準の経営者”と評されるのか。

 どんなに有能でカリスマ性のある経営者でも、野心が自分自身に向けられていると、偉大な企業は作れません。これは経験則上もそうだし、理論的にもそう言えると思います。なぜならば、個人的な野心の持ち主は、自分の名声にしか興味がないからです。このような経営者に率いられた組織は、その経営者の在任中は企業の業績は上がりますが、その経営者が去るとたちまち業績が下がります。少し意地悪な言い方をすれば、自己顕示欲の強い経営者にとっては、そのほうがいいのかもしれません。自分がいなくなった後、業績が下がれば、ますます自分の有能さを裏付けることになるからです。

 このような例として、著者が挙げている例として、クライスラーの「アイアコッカ」と挙げています。アイアコッカという人は、ご存知のとおり、自伝がベストセラーになり、昔のクライスラーのカリスマCEOとして高く評価された人物です。
 しかし、彼が引退した後、クライスラーの業績は下がります。著者の評価では、アイアコッカは、結局、クライスラーを偉大な企業にすることに野心が向けられていたのではなく、自分の名声に向けられていたということになります。これでは、偉大な企業になれませんよね。

3 第5水準の経営者を目指す!

 私は弁護士ですが、法律事務所の経営者でもあります。
 そして、経営者として弁護士法人ALGを偉大な法律事務所にするためには、私の野心は組織にむけられる必要があります。
 いや、さらに付け加えれば、私だけが野心を組織に向けるだけでは不十分で、私以外のパートナー弁護士や他の勤務弁護士、そして幹部職員さえも、その野心を組織に向けさせる必要があります。
 そうでないと、”偉大な企業にする”という大きな目標を弁護士法人ALGのDNAにできないからです。リーダーが交替しても、弁護士法人ALGを偉大な企業にするという目標が失速しないようにするためです。
 そのような企業文化を作り上げることができれば、ほぼ私の目的は完成です。
 私よりも優秀な人は、弁護士法人ALGにはたくさんおりますので、何も心配することはございません。
 そうなれば、クライアントの皆様にも、最高のリーガル・サービスを提供できるようになれると思います。