今回は、①転貸目的の建物の賃貸借について、賃料減額の了承が得られなかった借主からの賃貸借契約の解約申し入れが認められ、②転貸目的ビルの賃貸借契約について正当事由が認められ、③転貸目的のビルの賃貸借契約につき、借主に不利な契約条項であることを理由とする公序良俗違反の主張が退けられた事例についてご紹介いたします。

東京地裁平成7年9月20日判決

 本件の事案の概要は以下のようです。
 原告は被告との間で、平成元年8月30日、被告の所有する建物につき賃貸借契約を締結した。契約条件は以下のようである。

 期間   12年間
 賃料月額 550万円
 敷金   7200万円

 なお、この契約は、建物の転貸を目的とするものであった。
 その後、原告は被告に対し、平成4年8月25日、敷金660万円を追加して差し入れ、敷金の総額は7860万円になり、また、賃料月額も同年8月分以降、605万円に増額された。
 原告は、平成元年8月、ダイヤモンドリース株式会社に対し、本件建物を、賃貸借期間同月1日から平成4年7月31日まで、賃料月額600万円(消費税別途)、敷金7200万円の約定で転貸し、平成4年8月1日に契約を更新した。ダイヤモンドリース株式会社はフットワーク株式会社に対し、本件建物を再転貸した。(再転貸の契約条項の詳細は不明である)
 ところで、本件賃貸借契約には、解約及び敷金の返還について、次のような特約があった。

(1) 原告は、正当な事由がある場合のみ、6ヶ月前までの書面による通知をもって本件賃貸借契約を解約することができる(4条2項)

(2) 賃貸借期間満了以前に原告の責に期すべき事由により賃貸借契約が中途終了した場合は、賃貸借契約の残存期間中、原告は敷金を被告に預け入れておくものとする。ただし、その残存期間中に被告が本件建物を第三者に賃貸し、その第三者から被告に保証金または敷金が差し入れられたときは、その限度で原告に敷金を返還する(第6条3項)

(3) 賃貸借契約期間満了以前に被告の責に帰すべき事由により賃貸借契約が中途終了した場合は、被告は期限の利益を失い、敷金からその20パーセントを償却した残額を直ちに原告に返還する(第6条4項)
 原告は、平成5年7月15日、被告に対し、本件賃貸借契約の解約の申し入れをした。
 ところが、被告がこれに対して明確な応答をしないまま推移している間に、被告はフットワーク株式会社との間で本件建物の賃貸借契約を締結し、その結果、本件建物において原告が使用収益をすることが不可能となり、原告と被告との間の本件賃貸借契約は当然に終了することとなった。
 なお、被告は本件建物をフットワーク株式会社に賃貸した際に、敷金として2600万円を受け取っている。

 原告は、上記の契約の終了は、被告の責に基づくものとして、被告に対し、前記(3)の約定に基づき、敷金7860万円から20パーセントを償却した残金6288万円の支払いを求めた。また、原告は、上記約定(2)は、一方的に被告に有利なものであり、被告の暴利行為を是認するものだから、公序良俗に反して無効であると主張した。

 本件の争点は、①本件賃貸借契約上の原告の使用収益させる義務が、被告のフットワーク株式会社への本件建物の賃貸によって履行不能となったか、②原告の本件賃貸借契約の解約申し入れに正当な事由があるといえるか、③本件賃貸借契約の終了が被告の責に帰すべき事由に基づくものといえるか、④敷金据え置きの約定が暴利行為として公序良俗に反するといえるか、⑤本件賃貸借契約の履行につき、原告に債務不履行があったといえるか、⑥いえるとすれば、それによる損害の額はいくらか、の各点です。

 本件について、判決は、大要以下のとおり判示しました。

①について

 本件の原告からの解約申し入れが正当事由を有するものであるとすれば、平成6年1月15日の経過により本件賃貸借契約が終了する約定であることも当事者間に争いがない。被告とフットワーク株式会社の間の本件建物についての賃貸借契約の始期は、同年1月16日であったものと認められる。
 したがって、被告とフットワーク株式会社との間の本件建物の賃貸借契約の締結によって本件賃貸借契約上の原告に使用収益させる義務が履行不能になることはありえないものというべきであるとしました。

② 、③について

 本件の契約書には、正当な事由が具体的にいかなる事情をいうのかについての明確な規定はない。
 また、本件賃貸借契約に特徴的なのは以下の事情である。すなわち、原告が正当な事由に基づいて解約申し入れを行い、かつ被告の責に帰すべき事情がある場合には、敷金から20パーセントを償却した残金が原告に返還され、賃貸借に伴う債権債務が清算される(第6条2項)が、被告の責に帰すべき事由があるとはいえないときは、敷金返還についての定めがなく、原告の責に帰すべき事由に基づく賃貸借契約の中途終了に関する第6条3項の定めを拡張解釈して、期間満了まで敷金を据え置いた後、第6条2項の定めにより、20パーセントを償却の上、残金を原告に返還するものと解さざるを得ない。
 本件賃貸借契約における敷金の額が7200万円(その後、7860万円に増額)であることを考えると、右のような敷金据え置きの条項を有することにより、本件賃貸借契約は、原告による中途解約について、原告に大きな不利益を課すものといえる。
 もっとも、被告がその後本件建物を第三者に賃貸し、その者から保証金又は敷金を受領したときは、その金額の限度で、被告は原告に対し、敷金の返還義務を負うこととされている(第6条3項但し書き)。したがって、事務所用建物の賃借の需要が大きいときは、解約後遅くない時期に従前の敷金額を上回る保証金又は敷金が差し入れられる可能性が大きいので、中途解約による原告の不利益はさほど大きなものとはならないが、昨今のように不動産取引が沈滞し、事務所の賃借の需要が小さくなると、原告の中途解約による不利益は極めて大きくなる。本件紛争発生の根源的な原因はここにあるといえる。
 原告は、本件賃貸借契約の第6条1項が被告に一方的に有利なものであり、被告の暴利行為を是認するもので、公序良俗に反し、無効である旨主張する。しかし、業として賃貸借契約を締結する会社である原告が、右条項を承認してでも本件賃貸借契約を締結して営業上の利益を上げようともくろんでこれを締結した以上、それを被告の暴利行為であるとか公序良俗に反するとかの理由により無効であると主張することは、到底許されることではない。

 本件の具体的な事情をみると、原告は、本件賃貸借家契約締結後の不動産取引の状況の変化により、事務所用建物の賃料相場が大幅に下落し、本件賃貸借契約を継続したのでは大幅な損失が発生する状況となり、損失を減少させるための協議も被告に拒絶されたため、本件賃貸借契約の解約の申し入れをしたものであり、右解約の申し入れには、契約条項第4条2項に定める正当事由があるものと認められる。

⑤について

 原告が本件賃貸借契約の解約の申し入れをした根源的な理由は、不動産取引の状況の変化により、事務所用建物の賃料相場が大幅に下落し、本件賃貸借契約を継続したのでは大幅な損害が発生する状況となったことであり、そのような状況の発生による原告の賃料減額の請求を被告が受け入れなかったとしても、それが契約条項第6条4項にいう被告の責に帰すべき事由に該当するものではない。原告は、賃料減額の請求訴訟を提起することもできたのに、契約の解約申し入れを選択したわけであるから、契約条項6条3項にいう敷金据え置きの措置がとられたとしても、それを受け入れざるを得ない。
 本件契約条項には、中途解約につき双方当事者の責に帰すべき事由がない場合の規定を欠いており、これは契約条項の不備であると考えられるが、契約条項中に原告の期待に添わない不備があったとしても、その不備による不利益は、契約当事者である原告が負うべきものである。
 したがって、本件賃貸借契約の終了が被告の責に帰すべき事由に基づくものであるとする原告の主張は理由がない。

⑥について

 前述した本件賃貸借契約の条項の解釈によれば、原告が現時点において被告に対し返還請求することができる敷金の額は、被告がフットワーク株式会社から受領した敷金の額である2600万円を限度とするものというべきである。

 本件では、賃借人であった原告が、契約条項が「公序良俗違反」という一般条項に反することなどをも理由として、被告に対して敷金を請求した事由でしたが、残念ながら原告の主張は認められませんでした。
 この理由を簡単にまとめると、原告が不動産業を営む事業者であることから、たとえ契約書に不備があっても、それは甘受するべきだ(そもそも、契約を成立させるについては当事者である原告自身が承諾したわけだから)と裁判所が判断したことが大きいと思われます。
 このように、契約が終了するとき、その理由を分析しても「当事者双方特に帰責事由がない」ことはよくあるものです。ただ、本件では、そのような場合について、契約書上明確な規定がないという事案でした。そこで、返還すべき敷金について争いが顕在化したのですが、特に事業者同士の当該事業に関する紛争であれば、いったん締結した契約が「公序良俗」という一般条項に違反するという主張はなかなか認められづらいように思われます。
 契約をするときには、とかく目先の利益に目を奪われがちかと思われますが、契約書の内容もぜひ吟味していただき、納得できない、または取り決めが十分でない場合には、その点についてあらかじめ当事者間で十分話し合い、納得いく契約内容に詰める作業を行うことをお勧めいたします。