今回は、賃貸借契約当初に、不動産の賃借人から賃貸人へと差し入れられた保証金が、賃貸借契約の終了時に、2分の1の限度で返還が肯定された事例についてご紹介します。

 

【東京地裁平成21年7月30日判決】

 

 原告は、金属加工機械、工作機械器具等の国内販売、輸出入貿易、リース等を目的とする法人であり、被告は、平成17年4月1日までは、一般貨物自動車運送事業、トラッククレーン及びレッカー車の有償譲渡及び請負等を主な目的とし、株式会社Aから商号変更した同日以降は、コンピュータ・システムの開発、設計、製作、販売、リース、賃貸及び管理等を主な目的とする法人である。

 原告と被告とは、平成12年6月2日、被告を賃貸人、原告を賃借人として、大要以下のような賃貸借契約を締結した。(以下は、本件賃貸借契約条項の抜粋である)

1条 賃貸借物件

 1 土地 千葉県船橋市所在 雑種地 6600平方メートル

2 建物(「旧建物」):鉄骨造カラー鉄板葺事務所40.71平方メートル

3 建物(「本件建物」=新築して賃貸借物件とするもの): 

簡易鉄骨造鉄板葺事務所 200平方メートル

2条 使用目的      建設機械の置場、修理、保管及び同業務遂行のための事務所

3条 契約期間       平成12年7月1日から平成22年6月30日まで

4条 賃料及び支払方法   本件土地:1ヶ月220万円、

旧建物および本件建物:1ヶ月20万円

6条 賃料の変更  本件賃貸借契約締結5年経過後、原告被告協議の上、賃料を変更することができる 

14条 本件建物に対する権利金

         1 本件物件のうち本件建物は、被告が新築して原告に賃借するもので、原告はこれを賃借するために、本件建物の建築費相当額である2100万円を、本件建物完成時に権利金(以下「本件権利金」という)として被告に支払うものとする。

          2 前項の権利金は、本件賃貸借契約締結の日より10年間毎年均等償却するものとする。

          3 契約期間中途において10条1項を含む原告の事由により本件賃貸借契約を解除したときは、被告は本条の権利金の返還義務を負わない。

  本件賃貸借契約の締結の際、原告は、被告に対し、本件権利金2100万円を支払った。

 原告は、平成16年11月18日ころ、被告に対し、本件賃貸借契約を解約し、平成17年3月31日限り本件物件を明け渡す旨通告した。

 被告は、平成17年2月8日、株式会社Bとの間で、本件物件を5億9895万円で売り渡す旨の売買契約を締結した。

 原告は、平成17年3月26日、本件物件から退去し、立ち会った被告の従業員に対し、本件物件の管理に要する鍵を返還した。

 

原告は、上記の事情及び賃貸借契約14条の規定により、被告に権利金の返還義務が

生じたと主張し、被告は、これを否定して争いました。

 

判決は、おおよそ以下のとおり判示しました。

 

1 本件賃貸借契約が解約された経緯について

 

原告は、被告がまず賃料の値上げを求めてきたことが理由で本件賃貸借契約が解約にいたと主張するが、この主張は不自然であり、採用できない(確かに、被告において平成16年当時、労働争議が発生していたことは認められるものの、これにより被告が資金繰りに窮していたとする証拠は見当たらない)。

弁論の全趣旨によれば、本件賃貸借契約が解約されるにいたったきっかけは、原告の担当者C本部長が賃料の値下げを求めたことを発端とするというべきである。

 

2 被告に権利金の返還義務があるか(賃貸借契約書14条3項の解釈)

 

契約条項14条3項が「10条1項を含む原告の事由により本件賃貸借契約を解除したとき」として、契約違反をはじめとする原告の被告に対する信用失墜行為を例示として規定していることにかんがみると、同項は、契約条項10条1項を所定の事由に限らず、被告の原告に対する信頼を破壊させる原告の契約義務違反事由が生じたことによって被告が本件賃貸借契約を解除する場合を基本的に想定しているものと解することが自然であって、いかに原告からの申し入れを契機としたものであったとしても、原告と被告とが本件賃貸借契約解約について合意をした場合にまで適用される規定とは解しがたい。

 そして、前記のとおりの経緯によれば、本件賃貸借契約は、法的には、合意解約によって終了したと評価することが相当であると認められる。

したがって、本件においては、契約条項14条3項が適用される余地はないというべきである。よって、契約条項14条3項に基づいて被告が本件権利金の返還義務を免れるとの被告の主張は採用できない。

 

3 契約条項3条2項の趣旨(被告が返還すべき権利金の額について)

 

 契約条項3条2項の解釈によれば、本件権利金の返還の条件等も、中途解約における原告と被告との協議の対象となっていると解される。

 

 では、被告は、具体的にいくらの権利金を原告に返還する義務を負うか。

 

 前記2で判示したとおり、本件のように契約期間中に本件賃貸借契約が合意解約された場合には、原告と被告とは、協議をして本件権利金の返還額を定めるべきであるが、原・被告間に協議が整わないときは、裁判所が本件賃貸借契約解約に至る経緯などのさまざまな事情を考慮した上で、当事者間に公平な相当額を決定することになると解される。

 本件の事情によると、①本件賃貸借契約の締結時に原告と被告との利害が一致したために契約が締結されたのであり、原告が一方的に契約締結を希望したものとは認められないこと、②本件権利金が全額本件建物の建設費用に費消させられたことは認められるが、被告が本件権利金ないし本件建物によって全く経済的利益を得ていないとはいえないこと、③確かに、本件契約が終了に至ったきっかけは、原告側が賃料の値下げを申し入れ被告がこれを拒絶したことであるとはいえるものの、被告は、平成17年2月8日の時点で訴外Bに対して本件物件を売却する旨の契約を締結しており、原告が本件物件から立ち退かなければBに対して債務不履行責任を負うことになっていたことが認められるから、被告にとっても、原告との間の賃貸借契約が終了することにつき利益となる状況が生じていたといえること、がそれぞれ認められる。

 したがって、原告に返還すべき権利金は存在しないという被告の主張は採用しがたい。

 被告が返還すべき権利金の額は、契約条項14条2項が「(本件)権利金は、本件賃貸借契約締結の日より10年間毎年均等償却するものとする」と定めている以上、中途解約においては、償却費(権利金)を賃貸借契約期間と残存期間に按分し、残存期間に相応する償却費(権利金)を返還することが原則であると考えられることなどを総合考慮すると、被告が原告に返還すべき本件権利金は、残存期間に相応する償却費である1085万円の2分の1である542万5000円が相当であると認められる。

 したがって、被告は原告に対し、542万5000円を返還する義務を負う。

 

 上記のとおり、本件では、賃貸借契約終了時の権利金の返還義務及びその金額が争われました。上記のご紹介ではやや端折った部分もありますが、本件の細かな経緯からは、原告にも被告にも契約終了に際して帰責性があると解される事案であり、判決のいうように「権利金の返還義務自体は肯定し、返還額は「契約条項に定められた金額の2分の1」とする、いわば原告と被告の中間をとったような解決が、妥当であると思われる事案でした。

 事案の特徴を今少し分析すると、賃貸借契約が「合意解約」された事案において、のちに返還すべき権利金の額が争いとなった場合に、「契約解除」(当事者の一方の帰責性により契約が終了に至ったこと)を前提とした権利金の条項が適用されるか、が争われた事案とも言えましょう。(この事例はもっぱら権利金についての争いでしたが、この点については、)判決は、合意解約の場合には、契約解除を前提とした規定は適用されないとしたものと言えます。

 裁判所においてこのように判断されるとなれば、たとえば権利金の返還を否定したい被告側としては、「合意解約」ではなく「契約解除」とみられるよう、法律構成を練って内容証明郵便を送付しておくことなどの対策が望まれるでしょう。