今回は、やや変わった事例ですが、賃貸不動産の所有者が旧所有者から新所有者に移転された場合、新所有者が敷金返還債務を承継しない、と判断された事例をご紹介します。

【東京高裁平成14年9月19日判決】

 本件の事案は、やや複雑ですが、簡略化すると大要以下のようです。

 賃貸人(以下「村田」という)は、賃借人(以下「控訴人」という)に対して、昭和50年1月1日、本件建物を賃貸した。その後、本件建物の所有者は株式会社財商(以下「財商」)に変わり、本件建物についての賃貸借契約が継続していた。
 控訴人は、平成10年11月10日に本件賃貸借契約を更新するに際し、保証金を250万円(解約時に15パーセント償却、本件保証金)としたとして、新しい賃借人(本件不動産の所有者)に対して、差し入れた上記敷金分の返還を請求しました。
 これに対して、新所有者・賃貸人である財商は、上記の保証金が実際に授受されたとは認められないとして、敷金返還債務の承継を否定しました。

 判示内容は、概要以下のようです。
 判決は、結論として、敷金返還債務は新所有者に引き継がれないとしました。
 理由としては、「不動産競売の実情をみると、敷金が新所有者に承継されるという法理を悪用して、高額敷金の差し入れを仮装して、買受希望者の出現を牽制し、また、買い受け人が現れると、買受人に高額敷金の差入れを求めて立退要求を妨害することが、まま見受けられる」ことをあげています。
 したがって、「競売開始決定による差押後に敷金が増額されたと主張されているときでも、その増額された金員が交付されたとの証拠が不十分であれば、敷金増額の事実は認められ」ないし、「敷金が増額され、金員が交付されたとの証拠が一応あっても、その増額について首肯できる合理的な理由がなければ、それが競売を妨害するため名目上敷金とされたものと推認され、このような金員は本来の敷金ではないので、それが競落人に承継されることもないものといわねばならない」としています。

 本件の具体的事情については、平成10年の賃貸借契約更新(この際に、敷金が授受されたと控訴人は主張している)の際に作成されたとされる賃貸借契約書についても、本件の事情からすると、当事者らにおいてこの契約書について第三者に公表したくないという何らかの事情があったものと推察されるから、その記載内容の信用性には慎重な検討が必要だとしました。
 そして、本件の場合、新賃貸人である財商が経済的苦境にあったことを賃借人が知っていたことは明らかであり、「そのような中で、高額な敷金を財商に支払えば、将来、財商からその返還を受けられなくなるおそれがあることが当然に予想」されるとして、このような状況下で高額な敷金の授受がなされたとは認めがたいとしました。

 このブログを読んでいる方々におかれましては、「高額な敷金の授受の仮装」をすることはないとは思いますが、上記のような判例もありますので、敷金返還義務についてはくれぐれも「実態と書面との合致」に留意されますよう、お願いいたします。

弁護士 吉村亮子