今回は、建物の明渡請求が認められなかった事例を紹介し、その分析をしたいと思います。

【東京地方裁判所平成17年7月25日判決】

本件の事案は、おおむね以下のようです。

被告B(暴力団○○会×××の本部に属し、「△△企画」の名称で人材派遣業を営むものである)は、被告A(不動産の売買、仲介、管理等を営む株式会社である)から、平成13年6月18日、東京都港区所在の建物(以下「本件建物」という)を、以下の条件で賃借した。

使用目的       事務所としての使用のみ
賃貸借期間      平成13年8月1日から同16年7月31日までの3日間
賃料及び管理費    合計月額22万0500円(前月までに翌月分を先払)
禁止事項(一部抜粋)
①本件建物の近隣に危険又は迷惑を及ぼす行為をすること
②本件建物の品位とイメージを損なうような経営をなすこと
無催告解除条項 
①公序良俗に反する行為を行ったとき
②暴力団その他の反社会的団体又は同等と類推される組織の用に供しまたは供するおそれがあるとき(以下「本件解除条項」という)

 

 被告Aは、平成13年8月7日、被告Bに対し、本件解除条項に該当することを理由に本件賃貸借契約を解除したとして、本件建物明渡し及び明け渡し遅延損害金を求める訴訟を提起し(以下「別件訴訟」という)、第1審は、平成14年5月9日、被告A代表者に被告B(賃貸借契約の借主)が暴力団関係者であることを秘して契約を締結させたなどとして、信頼関係が破壊されており、解除が禁反言の原則に反しないとして、認容判決をした。  本件の原告(賃貸人の地位の譲受人)と被告A(賃貸人の地位の譲渡人)は、本件建物について売買契約を締結し、そこには以下のような特約事項が定められていた。  被告Bと被告Aは、賃貸借契約の内と実際の使用目的が異なることを理由に、現在売り主(被告A)により契約解除及び建物の明け渡しに関し係争中である。被告Bは上告(判決文注:控訴の誤記と認める)中であるが、仮執行による明渡日が平成14年6月24日となっており明け渡し予定である。万一、引越し日以降も紛争が続く場合は、売り主はこの明け渡し請求が完了するまで、売り主の負担と責任において継続して対処していくものとする。又、万が一賃料収入を得られない事態が発生した場合、売り主はその間の対象貸室の賃料等の保証をすることを確認した。(平成14年6月17日現在、以下「本件特約1」という)

 原告は、本件売買契約に基づき、被告Bを貸主とする本件賃貸借契約の貸主の地位を承継し、被告Bに対して、本件賃貸借契約の解約申し入れをした(本件訴訟の期日である平成16年11月4日、平成17年1月14日のそれぞれの時点で解除の意思表示がなされた)。  賃料については、本件特約1に基づき、被告Aが原告に対して保証を行っていたが、原告と被告Aは、平成17年3月18日、被告Aの原告に対する保証賃料の支払いについて、平成15年4月分にさかのぼって、原告が被告Bから直接受領する方式により清算することを合意した。(以下「本件合意」という)  ただし、被告Bからの平成15年分以降の賃料の支払いについて、原告は受領拒否しており、被告Bは、これらの賃料を供託している。

 本件の争点は、①被告Aは、原告に対し、被告Bの未払賃料等について本件特約に基づき支払義務を負うか、②原告が行った賃貸借契約の解除ないし解約の申し入れは有効か、の各点です。

 判決の内容は、おおむね以下のようです。

① 上記本件特約1により、被告Aは、原告に対し、被告Bの賃借について賃料保証していたが、本件合意の後は、平成15年4月分以降の保証賃料の支払義務を負わないのは明らかである。なお、本件特約の内容、本件特約をした経緯等に照らすと、被告が保証賃料の支払義務を負うのは、被告Bに対する別件訴訟が決着するまでに、両者間の紛争により、被告Bから賃料の支払いがされない場合を想定しているというべきであるから、別件訴訟が決着した平成15年4月分以降は、仮に本件合意がなされなくても、被告Aは保証賃料の支払い義務を負わないというべきであるし、被告Bは、原告に対し、平成15年4月分以降の賃料の支払意思があるのに、原告がその受領を拒否しており、被告Bにおいて賃料を供託しているというのであるから、本件特約にいう原告が賃料収入を得られない場合に該当しないことも明らかである。
 したがって、被告Aは、原告に対し、未払賃料の支払い義務を負わない。

② 本件解除または解約申し入れの有効性について

(1)本件解除の有効性について

 本件解除条項(「暴力団その他の反社会的団体または同等と類推される組織のように供し又は供するおそれがあるとき」)により当然には本件賃貸借家約を解除することが出来ないことは、別件訴訟の控訴審判決が確定したことにより、決着済みである。
 上記の後の出来事として、本件建物を賃借しようとした会社が来訪した際、たまたま本件建物内にいた上半身裸の男(入れ墨ありかどうかは不明)がそのまま応対したことから、同会社は結局入居の申し込みを撤回したこと、被告Bか関係している○○会関係の車両が本件建物付近のコインパーキングにあったためにそのほかの車両の出入りがしづらくなったこと、同じ頃、本件不動産前の道路上に被告Bが関係している○○会関連の車両が路上駐車していたことが、証拠上認められる。
 しかし、他方で、被告Bは、日頃から本件建物に出入りする組関係者などに、隣人に迷惑や不快感を掛けないように注意しており、隣人や付近住民に間にトラブルは発生していなかったことが認められる。
 上記によれば、未だ賃貸借契約の禁止事項に該当する行為があったとまでは直ちに言い難い。また、無催告解除事由にあたるとまでいうことはできず、公序良俗に反する行為とはいえないし、新たに本件解除条項に該当する事由が生じたとはいえない。
 したがって、本件賃貸借契約に解除事由はなく、原告のした本件解除の効力は生じない。

(2)本件解約申し入れの重要性

 原告は、本件建物について自己使用の必要性を主張するが、原告は、本件建物をそもそも賃貸物件として購入した者であって、もともと本件建物を本社事務所として使用するために購入したものではないこと、本社事務所として使用するためには、本件建物でなければならない理由はなく、本件不動産に係る2棟の建物の他の建物部分でも良いことが明らかであるし、他に本社事務所を入手、賃借することも十分に可能であることに照らして、本件建物について、自己使用の必要性があるとはいえず、解約申し入れの正当事由があるとは認められない。
 したがって、本件解除の有効性は認められない。

 本件は、賃貸借契約に定められることの多い「「暴力団その他の反社会的団体または同等と類推される組織のように供し又は供するおそれがあるとき」という解除条項の想定する事態に至っていないとして、賃貸人からの解除が否定されたことがポイントです。
 被告Bがもともと暴力団とつながりを持っていたことはどうやら確かなようですが、当初の賃貸人がこれを了解したうえで本件物件を賃貸し、近隣とのトラブルもなかったと認められることから、契約の解除まで認めるべきではないとの判断に至ったもののようです。
 やはり、「反社会的勢力」につながるような団体との交渉を完全に避けるには、賃貸当初の入居審査をある程度厳しくすることが肝要かと思われます。(その後このような団体に「無断転貸」がなされたと主張できれば、それは解除事由として認められやすいといえます)
 また、原告は、本件建物の自己使用の必要性も主張したのですが、これも認められませんでした。判決文で認定されている限り、「(他の物件ではなく)本件物件でなければならない」という必要性が、具体的に主張されなかったことが原因のように思われます。(もっとも、原告は「インターネットを利用した各種サービスの提供」の会社ということなので、こうした会社の業態からすれば、本社機能をどこにおくかはさほど問題とならないようにも思われますから、主張には相当の工夫が必要かと思われますが)