今回は、賃貸人からの建物明渡請求が認められなかった判決について、その事例と判示内容等をご紹介したいと思います。

【東京地方裁判所平成20年8月28日判決】

 本件の事案は、概要以下のようです。

 原告は、被告に対して、さいたま市大宮区大門所在の土地(以下「本件土地」といいます。用途は宅地、遊技場です)を賃貸しましたが、被告が平成19年8月から同年11月までの賃料を支払わないために、無催告解除したと主張して、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明け渡しと未払賃料の支払いを求めました。
 本件では、①原告の主張する無催告解除特約が、必ずしも契約書上明確な文言で書かれていなかったため、果たして無催告解除特約自体が存在したのか否か、②賃貸人がなした本件解除の合理性、③信頼関係破壊による解除が認められるか、④未払賃料ないし解除の意思表示後の賃料相当損害金の請求が認められるか、が争われました。

 判決は、概要以下のように判示しました。

① の無催告解除特約については、本件の賃貸借契約5条に「催告を要せず」という文言が書かれていないことを指摘しつつも、同5条は、「賃借人が賃料の支払いを3ヶ月分以上遅滞したとき、賃借人が前条の規定に違反したとき、その他本契約に違反したとき」は「賃貸人は、本件賃貸借契約を解除することができる」と定めているとして、「特に3ヶ月分以上遅滞したときに賃貸人が解除をすることができることを定めたのは、賃貸人が催告を要せずに本件賃貸借契約を解除することができるものとする趣旨であると解するのが相当」として、無催告解除特約自体は本件賃貸借契約に存在するとしました。

② の本件解除の合理性については、以下のように判示しています。
 被告は、確かに平成19年8月分から同年11月分の賃料を約定どおり支払っていない。しかし、被告は、ちょうど同じ時期である平成19年9月初旬頃、訴外株式会社Cの代表取締役Dに対し、本件借地権及び本件建物の第三者への売却並びに本件借地権の譲渡承諾に関する原告との交渉を委任し、これに基づいて同月9日に代表取締役Dは原告と面談し、本件借地権の譲渡条件に関する案を申し出ている。原告は、これに対して、第三者と相談して回答すると答え、その後も、E社長のFを窓口に直接連絡してほしいなどして、(借地権売買などの)「協議を拒否することなく、約2ヶ月にわたり回答を留保し、最終的に同年11月10日ころまで回答を待ってほしい旨を述べているのであるから、原告としても、賃料不払いをもって本件賃貸借契約の解除を行うのであれば、信義則上、あらかじめその意図を説明し、賃料支払いの機会を付与すべき義務を負う」。したがって、本件において特約により無催告で解除を行うことは不合理と言わざるを得ないとしました。

 また、本件では被告が、原告の承諾を得ることなく、本件建物に、譲渡担保を原因とする第三者に対する所有権移転登記及び同人に対する根抵当権設定登記を行ったことも認められるが、「本件建物について担保を設定したことをもって直ちに本件土地の借地権について無断譲渡を行ったものと解することはでき」ないから、この点からも無催告解除は不合理であるとしています。

 さらに、東京国税局長らから、原告に対し、平成19年9月から11月にかけて、被告との間の本件賃貸借契約について契約内容や未払い賃料及び敷金の有無についての照会があったことも認められるが、これをもってしても、無催告解除特約に基づく解除を正当化するには足りないとしました。

 したがって平成19年11月7日到達の書面をもって無催告解除特約に基づく賃料不払を理由としてされた本件賃貸借契約解除の意思表示は、効力を生じないものと言うべきである(したがって、本件土地明渡請求は認められない)とのことです。

③ 本件では、平成19年7月ころに被告が営業を休止していることが認められるが、前記判示のとおり、その後、被告はDに原告との交渉を委任し、借地権譲渡承諾の条件及び未払地代全額を支払うことを伝えて協議を申し入れているから、被告が営業を休止したことをもって、信頼関係が破壊するものということはできない。そのほかの事情を総合考慮しても、本件において賃貸借契約の信頼関係が破壊していると認めるに足る事情はないとのことです。

④ 上記のとおり本件で原告が行った解除は理由がないので、賃料相当損害金の請求は認められない。未払賃料については、賃料の支払期日から被告が供託を行った日までの日割り計算で認められる分(合計8027円分)のみ理由があるとしました。

 「賃借人が賃料の支払いを怠った場合には、賃貸人は履行の催告をすることなく、賃貸借契約を解除することができる」という内容の、いわゆる「無催告特約」については、それ自体は有効な定めであるということは、以前ご紹介した裁判例(最高裁昭和40年7月2日判決、2010年3月15日吉村掲載分参照)でも明らかにされたところです。

 ただし、本件の裁判例は、上記の「無催告解除特約」の存在自体は有効なものと認めつつ、この無催告解除特約による解除を行うに足る「合理性」があるか否かを問題とし、本件の原告の解除にはこの「合理性」がないとして、結論として原告の解除・明渡請求を否定しました。

 本件で「明渡請求を認めない」という判断がなされたのは、②で要約したとおり、本件では、賃貸人である原告が、借地権の譲渡等について被告と話し合う姿勢を見せていたため、この話し合う姿勢があったのならば、信義則上、賃貸借契約を解除する前に、不払いとなっていた賃料を支払うよう催告するべきだったのではないか、というような理由と思われます。

この判決のように、賃貸人に有利と思われる特約を契約書上定めていたとしても、交渉の経緯により、必ずしもそういった特約が文字通り認められるとは限らないといえます。

 私見としましては、やはり賃貸借契約の継続性に鑑みれば、解約するときはその旨の催告をするのが望ましいと考えます(催告する手間や時間を惜しんで無催告解除をしても、そもそも賃料の支払いを怠るような賃借人は、相当悪質か、または本件のように支払わない相当な事情がある場合が多いので、明け渡しを強制するには結局裁判により明渡判決を得るほかはなく、それには相当の時間がかかりますから、当初から催告をしてスムーズに交渉を進めるほうが結局は得策となることが多いように思われるためです)。

弁護士 吉村亮子