1 不動産取引と説明義務

 不動産を売買ないし賃貸する際には、売買契約・賃貸借契約を締結し、これらの契約上の義務として、少なくとも目的不動産の現状や履歴などの重要事項について、売主(貸主)が買主(借主)に説明することとされています。(宅地建物取引業法37条に、書面交付義務の規定も明文化されています)

 この「説明義務」ですが、どのような事項が重要事項にあたるのか、またどの程度の説明を行えば説明義務を果たしたといえるのかについては、常に新しい問題が発生している分野でもあります。

 今回は、説明義務に関して判示した最近の裁判例を概観し、特に不動産について、説明義務として求められている点はどのようなものなのかについて考察したいと思います。

2 説明義務についての参考判例

(1) 東京地裁平成21年4月30日判決

 この判決では、建物の内壁部分にアスベストが含まれる物件の賃貸にあたり、賃貸人がどの程度の説明をすれば説明義務を果たしたと言えるのかが争点の一つとされました。

 裁判所は、この争点について、「貸主としては、アスベストの存在や調査等により知りえた情報があるのであれば、それを事前に借主に情報提供すべき信義則上の義務を有するというべきであり、かかる義務は、本件賃貸借契約締結時である平成17年10月の時点でも同様であったと認めるのが相当」とし、アスベストの点について、貸主の説明義務を認めつつも、「貸主が現状で認識していない事実についてまでもさらに調査をして、借主に対して情報提供する義務までは負担していないと解するべきである」として、「アスベストに関する工事の選択肢(完全除去工事、封じ込め等)や工事費用、工事期間等についてまでは貸主は説明義務を負わないものとしました。

 この判例は、説明義務の対象となる事項を制限したものととらえることもできますが、同時に、本事案においては、貸主が現状把握していた「アスベストが存在するという事実」については、貸主側の代理人弁護士から面談及びファクシミリ書面の交付などにより丁寧に説明されていたことが明確に認定 されている事例でもあり、貸主がこのように明確に説明義務について認識していたという点が重くみられたとみることもできましょう。

 いずれにしても、売主(貸主)としては、目的不動産の現状については正確に把握し、自身の把握している事実については(有利不利を問わず)もれなく買主(借主)に説明することが求められていると言えましょう。

(2) 東京地裁平成20年12月25日判決

 この判決では、ハワイに所在する不動産(「本件不動産」)の売買を仲介する業者に対して、本件不動産を購入した買主が、この売買について不法行為または債務不履行があると主張した事案について、仲介業者が負うべき説明義務について判示がなされました。

 判決によれば、「被告会社(上記仲介業者)は、仲介業者として本件土地の買受けを顧客に勧誘し、顧客と業務代行契約を締結して売買契約の締結からその後の所有権移転に関する諸手続きを行う地位にあるから、売主の売却希望価格が著しく不相当である場合には、顧客が不測の損害を被ることのないよう、顧客に対し、本件土地の実際の価格に関する情報を提供する義務があるというべきである」としました。

 その上で、判決は、売主の本件不動産の売却希望価格が著しく不相当なものだと認識していた被告の仲介業者が、本件土地の実際の価格に関する情報を顧客(本件不動産の買主)である原告に提供する義務があったとして、この点の情報提供をしなかった仲介業者の責任を認め、過失相殺のうえ、買主が支払った金額の7割の賠償責任を認めたというものです。

 本判決は、これに加えて、買主が仲介業者に対して支払った「工事申込金」についても、不当利得として返還請求を認めました。

 この判決は、不動産の仲介を行うだけであっても、当該売却価格が実勢価格に照らして妥当か否かの判断要素を買主に与えなければならないと明示的に判示した点が重要であるといえましょう。

3 上記のとおり、不動産取引は、目的となる不動産という資産が多くの複雑な要素をもちうるために、説明義務の範囲も広く認められる傾向にあります。

 特に売主・仲介業者については、詳細かつ丁寧な説明義務の履行が望まれます。後日の紛争を予防する観点からしても、少なくとも売買(賃貸借)時に知りえていた情報については、できるだけ説明義務を果たすようにしたいものです。