弁護士 金 崎 浩 之


 この年末年始、タイのバンコクで過ごし、幾人かの日本人ビジネスマンと会って情報を収集してきましたが、驚く噂を耳にしました。

 某有名会計事務所に所属する日本人の公認会計士さんに騙されそうになったという話です。

1 タイビジネスと賄賂
 タイにもいわゆる発展途上国にありがちな固定観念があります。賄賂がまかり通っているという固定観念です。
 特に警察官に対する賄賂は良く耳にしました。さすがに、殺人事件を起こしておきながら賄賂でお咎めなしというわけにはいかないと思いますが、交通違反で賄賂は普通にあるようです。
 というのは、タイの警察官の給与が安いために、交通違反の罰金よりずっと低い金額の賄賂で見逃してくれるからなんです。この話は真実のようで、実際賄賂を支払うタイ人も少なくないそうです。賄賂を払って見逃してもらったという話は、私自身あちこちで聴いています。

 今回問題となっているのは、交通違反を見逃してもらうための賄賂ではなく、税務当局との交渉過程で当局から要求された賄賂なんです。

 ある日系企業が某有名会計事務所に所属する日本人の公認会計士さんに仕事を依頼したところ、その会計士さんが、タイの税務当局から賄賂400万バーツを要求されているので、そのお金を準備するように言われたそうなんです。

 賄賂は当然タイでも犯罪なんですが、その賄賂の仲介をしようとする公認会計士さん、かなり問題がありますよね。しかも、400万バーツというと、日本円で約1200万円です。これはかなり高額ですよ。というのは、タイの消費者物価指数は、せいぜい日本の5分の1程度ですから、タイでの400万バーツは、日本だと約6000万円に相当する価値があることになります。貨幣の購買力評価で換算すればそういう計算になりますよね。
 そうすると、かなり高額な賄賂です。本当にタイの税務当局がそんなに高額な賄賂を要求しているのでしょうか?もし本当だとすると、外国人プライスですよね。

2 公認会計士の詐欺行為?
 実は、タイの税務当局が賄賂を要求しているという話、これは嘘だったようです。

 不安に感じたその日系企業は、別の日本人の公認会計士さんに相談に行ったようです。
 すると、その会計士さんの話では、「おかしい、今までに何度も税務当局と交渉したことがあるが、賄賂なんて一度も要求されたことないし、支払ったこともない」となったわけです。

 そこで、その日系企業は、こちらの公認会計士さんに乗り換えて処理を依頼したところ、本当に賄賂を支払わずに無事解決したというのです。

 さて、そうなると大変です。最初の会計士さんの説明は何だったのでしょうか?もし400万バーツを支払っていたら、そのお金はどこに行ったのでしょうか?その会計士さんのポケットでしょうか?
 確かに、タイには怪しい日本人コンサルタントが跋扈しています。何の資格もないのに、タイ人の弁護士を雇用して法律・税務・会計サービスを提供しています。
 しかし、この会計士さんは、日本で公認会計士の資格を取得し、タイでも有名な会計事務所に所属していたのです。巷の怪しいコンサルタントとはわけが違います。普通は信用してしまいますよね。
 それなのに、400万バーツの賄賂が嘘だったなんて…。

 当然、通常であれば、虚偽が発覚したわけですから、裁判騒ぎになってもおかしくありません。
 この事件もやはり裁判になったようです。もっとも、刑事裁判ではなく民事裁判ですが…。

 しかし、どういうわけかこの裁判、タイの裁判所ではなくて日本で提起されたそうです。その理由がまたおもいろいんですよ。いかにもタイらしいんです。

3 タイで騒ぎを起こすと暗殺される?
 本来であればこの裁判、タイで行うのが筋です。確かに、加害者も被害者も日本人ではありますが、詐欺行為が行われた不法行為地はタイのバンコクなんですね。おまけに関係者は全員タイに滞在しているんです。国際私法上、日本の裁判所に管轄があるのか甚だ疑問です。
 それなのに、なぜこの裁判、タイではなくて日本で起こされたのでしょうか?

 実は、タイで騒ぎを起こすと、ヒットマンとして雇われた貧乏タイ人に暗殺されるという噂があるんです。しかも、単なる噂にとどまらず、まことしやかに流れています。日系企業のビジネスマンの多くがこの噂を信じていますので、それはもう根深いものです。日本で生活していると、「そんなアホな…」という気がしてくるんですが、この噂はタイの在タイ日本人の間でかなり強く信じられています。

 まさか、今回の問題となっている日本人公認会計士がヒットマンを雇うとは思えませんが、実は、この会計士さんの背後には、タイ人弁護士も絡んでいたんです。それもそのはず、税務当局と直接交渉できるのは、日本人の会計士ではなくて、タイ人弁護士ですから。外国の弁護士・公認会計士は、タイで業務を行うことは禁止されていますので、実際には、下請けとしてタイ人の専門家を使うんです。
 その日系企業は、タイで裁判を起こせば、このタイ人弁護士も訴訟に巻き込むことになる、そうすると、このタイ人弁護士がヒットマンを雇って暗殺を企てるのではないかと不安になったようです。
 そのために、舞台がタイから日本に移ってしまったそうなんです。

 しかし、この裁判、やっぱり日本では無理だったようですね。管轄なしということになったそうです。もちろん、この公認会計士の所業が白と判断されたわけではありません。実体審理に入っていませんから。

 それにしても、タイ人に暗殺されるなんて噂、どうしてそんなに信じられているんですかね。私がタイに住んでいた10年前もこの噂はありました。
 しかし、そんなニュース聴いたことがないですよ。いったい、ビジネス上のトラブルで裁判を起こし、逆恨みで殺された日本人がいるんですかね。たぶん、1人もいないと思いますよ。もしそんな事件が本当に起こったらタイでも大きなニュースになって、在タイ日本人の間でも大騒動になるはずです。当然、タイへの投資は大きなカントリー・リスクがあるという話になり、日系企業のタイ投資は委縮するはずです。
 でも、そんな話、私が住んでいたころもそうですが、それ以前でもないと思いますよ。
 嘘だと思ったら、タイのJETROやバンコクの商工会議所に聴いてみたらいいですよ。もしそんなことで殺された日本人