昨今、財政改革の見地から、ボーナスや役員報酬のカットが議論される会社が多いようです。報道されている限りでも、日本航空株式会社における役員報酬の削減が議論されたり、特殊な例では、厚生労働省が、その所管の独立行政法人に「業務委託費用」の一環として役員報酬を保証していた点が、見直しの対象になっていることも挙げられます。

 そこで、今回は、労働条件の変更をするための手続きについて、概観したいと思います。

 労働者の賃金等の具体的な金額については、労使の間で団体交渉が行われていることは多くの方になじみのあることかもしれません。団体交渉は、憲法上も労働者側に認められた権利ですから、団体交渉を行うこと自体を使用者が拒むことはできません。使用者側が賃金の削減等を求める場合には、労働者の側にも経営の現状を理解してもらうよう努め、または雇用を維持するためには賃金の削減をするしかないなどの説明を行うなど、労働者の理解を得る努力が必要です。

 では、上記のような団体交渉の結果をもってしても、労使間で合意に至らず、使用者側がやむなく、労働者側の合意によらずに、労働条件の変更を行いたい場合には、就業規則の変更を行う必要があります。これは、従業員の多数を構成する労働組合が存在する場合、あるいは労働組合がおよそ存在しない場合でも、全従業員に労働条件の変更を適用するためには、等しく当てはまります。

 では、就業規則の変更による労働条件の変更が労働者に不利益な内容を含んでいるために、従業員集団の了解が得られず多くの従業員が改訂に反対している場合、あるいは、従業員集団との事実上の了解は得られたが、個別的に反対している従業員がいる場合はどうなるのでしょうか。

 そもそも、就業規則とは、当該企業における労働契約の定型的な内容を使用者が文書に表示したものです。この就業規則の法的性質については争いもありますが、古典的な契約理論によれば、労働者が入社に際してこれを一括承諾して労働契約を締結することにより、労働契約の内容となり、労働者と使用者の双方を拘束するものであるとされます。したがって、労働者の個別的な同意がなければ、当該労働者について労働規則の不利益変更を行うことはできないことになるかとも思われます。

 しかし、労働関係は、労働者の解雇等が実際上も法的にも困難な長期的継続的関係であり、他方で企業としては、経営環境の変化に対応して人事管理や労働条件の変更をする必要性が高いです。このような現状に鑑みれば、「一部労働者の反対があるかぎり、およそ制度の変更はなしえない」とすることは、企業社会をとりまく現状にあわないと指摘されてきました。

 そこで、最高裁判決(最大判昭和43年12月25日)において、「新たな就業規則の作成または変更によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、労働条件の統一的決定の要請からすれば、当該就業規則が合理的なものである限り、反対の労働者もその適用を拒むことはできない」との趣旨を判示し、古典的な契約理論を就業規則の変更に関して修正する法理論を打ち立てました。

 この最高裁判例によれば、原則としては、使用者による一方的な就業規則の新設・変更はそれに反対する労働者を拘束し得ないが、①統一的取り扱いを必要とする事項について、②事業経営上の十分な必要性が認められる合理的範囲内での変更であれば反対労働者に対する拘束力を認めるべきである、とされました。

 やむをえず労働条件の変更を行わなければならず、しかもこの変更について労働者の合意が得られない、という状況に陥った場合には、上記①②の点を十分吟味し、仮に紛争に至った場合について合理的な説明・根拠となりうる事情をそろえてから、当該不利益変更に臨むという判断もありうると思われます。

弁護士 吉村亮子