1 会社のため

 どこの会社でも、自分が働いている会社を「良い会社にしたい」と言う従業員がいます。誰だって良い会社で働きたいですよね。私だって、良い会社を経営したいです。
 しかし、良い会社とは、”誰にとって”良い会社なのでしょうか?

 良い会社の定義には、理論的に3つあります。

  1. 顧客にとって良い会社
  2. 経営者にとって良い会社
  3. 従業員にとって良い会社

 短期的に見れば、顧客にとって良い会社と経営者にとって良い会社は、衝突することがあります。
 経営者が私服を肥やすことに腐心し、顧客を欺き、品質の低い商品あるいは全く価値がない商品をあたかも価値があるかのように装い、そのような粗悪品を高額で売りつければ、経営者は大儲けできますが顧客の利益を大きく損ないます。
 しかし、経営者が自分の事業を永続させたい、長期間顧客の信頼をつなぎとめておきたい、と考えるようになれば、経営者は真剣に顧客満足を考えるようになります。
 こうして、顧客と経営者の利害は一致し、顧客にとって良い会社が経営者にとっても良い会社になりえます。

 難しいのは、経営者にとって良い会社と従業員にとって良い会社はどのようにして両立するのかです。これは、経営学の人的資源管理や組織行動論の永遠のテーマだと言っても過言ではないでしょう。

2 従業員にとって良い会社

 従業員が「良い会社」と言う場合、それは通常、従業員にとって良い会社を指しています。決して、顧客や経営者にとって良い会社を言っているわけではありません。

 例えば、有給休暇をちゃんと与えてくれる会社は、従業員にとって良い会社です。しかし、これは経営者にとって良い会社とは言えません。なぜならば、有給休暇とは、働いていないのに給料を支払わなければならないからです。従業員からすれば、仕事をしていないのに給料をもらえるわけですから、これはもう有難い制度なわけです。

 また、従業員を管理せず、伸び伸び働かせてくれる会社も良い会社です。上司から見張られていないので、仕事中に私用で携帯電話をかけることもできるでしょう。仕事のふりしてパソコンで遊んでいても大丈夫です。気楽に仕事してお給料がもらえるわけですから、最高の職場です。しかし、このような会社が経営者にとって良い会社とは言えないことは明らかです。いや、顧客にとっても良い会社とは言えませんね。顧客の価値を創造する作業は従業員が行っているんです。そして、それに対して、顧客は対価を支払っているんです。もちろん、その対価の中から従業員に給料が支払われている。なのに、従業員が全力で仕事をしていないわけですから。

3 経営者と従業員は利害が一致するのか

 近視眼的にみるならば、経営者と従業員の利害は真正面から衝突します。従業員にとって良い会社とは、経営者が労働基準法を守り、福利厚生を充実させ、仕事の割には高い給料を支払う会社です。経営者にとって良い会社とは、自分のために権利ばかり振り回すのではなく、安月給でも文句ひとつ言わず従業員が一所懸命に働く会社です。
 このように、短期的に見ると、経営者と従業員の利害は激しく衝突します。
 労働基準法もそのような観点から労働者を保護しています。利害がぶつかるから、そのような法律が必要となるのです。

 しかし、長期的には、経営者と従業員の利害を一致させる方法があります。それは、経営者と従業員が同じ船に乗っていることを従業員に理解させることです。
 まともな経営者であれば、この道理は理解できるはずです。経営者は通常長期的スパンで物事を考えています。自分の事業を、1年とか2年という短期間の期間限定付きとは考えていません。
 しかし、多くの従業員は、長期的なスパンで物事を考えるのは稀です。この会社に永続してもらわないと自分がそのうち失業するかもしれない、この会社にしっかり稼いでもらわないと自分の給料が減るかもしれない、しっかり会社に貢献しなきゃ、などと考える従業員は稀な存在です。

 でも、本当は長期的に見ると、経営者と従業員とは利害が一致しているはずなんです。同じ船に乗っているわけですから、会社が経営破たんすれば経営者も従業員も収入がなくなるんです。同じ船が沈めば、一緒に溺れるんですね。
 そして、実を言うと、私自身は、会社の成功は経営者以上に従業員にとって重要なのではないかとさえ思っています。
 なぜならば、会社が経営不振に陥った場合、経営者はリストラを断行して会社の命を守ることができる場合があります。船の例で言うと、沈みそうな船から一部の従業員を海に突き落としてしまえばいいわけです。そうすることで、船の沈没を防ぐことができます。
 その時に犠牲になる従業員は、会社にとって必要ない従業員です。日ごろから自分のことばかり考えて会社への貢献を怠れば、会社が経営不振に陥った場合、まっさきに船から突き落とされてしまうわけです。だから、会社の成長は、従業員にとってこそ死活問題だとも言えるわけです。

 経営者としては、このことを従業員にしっかり理解させなければなりません。そして、従業員も自分が可愛いのであれば、このことをしっかり理解しなければなりません。
 それができれば、経営者と従業員のベクトルは同じ方向に向かい、組織が一丸となって強い力を発揮できるはずです。
 でも、そういう組織は稀です。