1 所得格差

 「週刊ダイヤモンド」(2009年8月29日発行、第97巻34号)に、弁護士に関するおもしろい記事を見つけました。
 その記事のタイトルは、「弁護士非常格差」です。

 その記事では、以下のような見出しで弁護士の収入について論じられていました。
 「年収200万円から10億円まで。同じ難関の司法試験をくぐり抜けてきたはずなのに、弁護士業界では激しい所得格差が生まれている。今後の弁護士の最新潮流とは」(前記週刊ダイヤモンド44頁)。

 確かに、弁護士の所得格差は、今後広がっていくと思いますが、この記事はかなりの誇張があると思いますね。

 まず、最低レベルの年収200万円について。
 年収200万円ということは、月額にすると約16万7000円です。いわゆる即独弁護士(法律事務所に就職しないで、司法研修所を卒業して即、独立開業した弁護士)の話をしているのだと思いますが、即独弁護士でもこの年収は考えられません。
 私の同期でも即独弁護士はいました。即独する理由は今とは違いますが、司法試験を20年くらい受験し続けて合格した時にはすでに40歳代あるいは50歳代になっていたという人は昔からいるんですね。こうした人たちは、やっぱり就職先が見つからず、即独立する人が少なくありませんでした。
 そのような弁護士でも、国選事件、当番弁護事件、法律扶助事件を取りまくれば、年収200万円はありえません。

 では、年収10億円の弁護士について。
 これには笑えます。どんな事件を手掛けると、年収10億年も稼げるのでしょうか。ここで10億円と言っているのは、法律事務所の年商ではなく、弁護士個人の年収です。
 仮に、大型のM&A案件を手掛けたとしましょう。通常、そのM&A案件が大型であればあるほど、実に多くの専門家が関与します。まず関与する弁護士の数も1人ではありません。ボス弁護士が部下の勤務弁護士を何人もその事件に関与させ、デュー・ディリを行います。また、財務DDのために、公認会計士や税理士などの専門家も関与させます。それなのに、1人の弁護士のポケットに年間10億円相当の巨額のお金が転がり込んでくるなんて想像できません。

 弁護士の数が急増していることもあり、誇張されている印象を受けます。
 弁護士の収入は、おそらく昔と比べてそんなに大きく変わっていないと思います。
 同紙に「初任給1000万円~1500万円…」とありますが、それは私が司法修習生だった時代もそうでした。大規模法律事務所に就職すれば、当時から、年収1000万円以上もらえるというのは常識でした。

 私が就職した当時、初任給600万円が相場でした。大規模事務所へ就職した弁護士を別にすれば、だいたいこの程度でした。
 今、初任給500万円とか400万円という事務所も出始めているので、初任給の相場は下がっています。でも、600万円出している事務所もまだまだあるので、大きく相場が下がったようには思えません。もっとも、今後は分かりませんが……。

2 年収1億円も夢ではない?

 先の週刊ダイヤモンドの同記事によると、大規模事務所に就職し、パートナーになれば、
 「年収1億円も夢ではない」
 と書いてありました。

 はっきり言います。年収1億円は夢です。おろらくこのレベルの年俸が支払われるパートナーは、トップマネジメントクラスの弁護士だけです。
 下っ端のパートナーが1億円もらったら、トップマネジメントはいくらもらうんですか?大規模事務所のパートナー競争は峻烈です。
 パートナーになれるだけ名誉です。だから、大規模事務所のトップマネジメントが、パートナー候補の弁護士に年収1億円というニンジンをぶら下げる必要がないのです。要するに、ブランド力のある大規模事務所は、交渉において強気でいけるのです。「別にパートナーになってくれなんて、こっちは頼んでないよ」という態度でいられるのです。

 しかも、同紙が取り上げているように、大規模事務所はますます大規模化しています。
 「10年前には100人を超す大手事務所は皆無だったが、いまや最大手の西村あさひ法律事務所は400人を超える大所帯。新規採用だけで年間70人に上る」(前記週刊ダイヤモンド44頁)。
 その通りです。
 しかし、そうだとすると、400人も弁護士がいて、年間新人弁護士が70人も入ってきて、年収1億円もらえるような弁護士になれることは現実的なのでしょか?パートナーの末席にでも座らせてもらえればおんのじでしょう(笑)。

 また、最近の大規模事務所の拡大を「成長」と判断してよいのかは慎重を要します。
 確かに、10年前は弁護士の数が100人を超える事務所は皆無でしたが、たった10年程度で400人規模の法律事務所が登場したのはなぜでしょうか。

 前出の週刊ダイヤモンドの記事ではなぜか取り上げられていませんでしたが、「合併」です。
 私の修習生当時(約15年前)と同じ名称の大規模事務所はほとんどありません。いつの間にかなくなっていたと思ったら、別の事務所と合併していました。
 この15年の間に、1度だけではなく複数回合併を繰り返した大規模事務所もあります。
 要するに、事務所規模の足し算で大きくなっているだけなんですね。
 そもそも、法律事務所の合併で、いわゆるシナジー効果ってそんなにあるんでしょうか?弁護士の業界は、典型的な労働集約産業です。しかも、弁護士の個人プレーがまだまだ残っている業界です。大規模事務所のクライアントも法律事務所に依頼するというよりは、人気のある弁護士指名で依頼することが多いと聴きます。
 このような業態で、どれだけシナジー効果があるのか、聴いてみたいもんです(笑)。