1 判決の概略

 大阪地裁は、2009年8月26日、NOVAの元社長(猿橋望)に対し、懲役3年6月の実刑判決を下しました。
 元社長が、従業員のための積立金を流用したとして、業務上横領罪で起訴されていた事件です。検察側は、5年を求刑したようですが、弁護人は、無罪を主張していました。
裁判所が重視した主な点は、

・「流用でNOVAの経営が大幅に改善される可能性は乏しかった」
・被告人は、「社員の過半数の同意が得られる見込みがないことは十分認識していたこと」
・「被告人の指示なしに本件犯行はあり得ないこと」

です。

 無罪を主張していた弁護人は、控訴する方針のようです(2009年8月27日付毎日新聞朝刊)。

2 無罪はあり得るのか

 弁護人の無罪主張の根拠は、社員の積立金の流用はNOVAの倒産を防ぐことにあったので、「不法領得の意思」がなかったという理屈です。
 横領罪が成立するためには、被告人に不法領得の意思があったことが必要です(判例)。そこで、猿橋元社長による積立金の流用が、委託の趣旨に反していなければ、猿橋元社長に不法領得の意思がなかったことになります。  「委託の趣旨に反していない」とは、積立金が倒産防止のために流用されることについて、社員も了解していたはずである場合です。事前の了解などあるはずがありませんから、ここで問題となるのは、合理的に見て、多くの社員が倒産予防のために積立金を使うことに反対するはずがない、と考えるのが常識的かどうかです。
 確かに、もし積立金の流用で倒産を回避できれば、社員は失業を免れた可能性があります。積立金に対する各人の持ち分はそんなに高額ではないと思われますので、失業するよりはマシだと言えるかもしれませんね。そうだとすれば、倒産を回避できるのであれば、社員の積立金を流用することは、社員全体の利益にすらなると見る余地があるので、委託の趣旨に反しないという考え方も十分あり得ます。

 しかし、裁判所は、「流用でNOVAの経営が大幅に改善される可能性は乏しかった」と認定しています。
 この認定が正しいとすれば、社員の積立金を流用しても、焼け石に水でしょうから、社員が納得できるような性格の流用ではありませんよね。
 この点を考慮すると、弁護人の無罪主張は苦しいと思います。

 ところで、本件では、猿橋元社長は、決して職員の積立金を自分のポケットに入れたわけではなく、会社を救う目的で流用したそうですが、この点は情状に影響する余地はあっても、横領罪の成否には影響ありません。
 自分のポケットに入れたわけではないのだから、横領罪にならないというわけではないのです。あくまでも、委託の趣旨に反しないかどうか、すなわち、委託者であるNOVAの社員が許容する性質の流用であるかどうかがポイントです。