平成21年7月17日付け朝日新聞によると、埼玉県内で昨春、暴力団幹部が射殺された暴力団抗争事件の公判について、さいたま地方検察庁が、裁判員裁判の対象から外す申請をさいたま地方裁判所に出す検討をしているとのことです。裁判員裁判の場合、裁判員らに危険が及ぶ可能性があるためとさいたま地検は判断しているようです。
裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「法」といいます)によると、地方裁判所は、裁判員裁判の対象とされている重大事件についてであっても、被告人やその属する団体により裁判員に危害が加えられるおそれのある場合には、被告人・弁護人の意見も聴いた上で、これを裁判官の合議体(裁判員の加わらない裁判)で取り扱う決定をしなければならない、とされています(法3条1項及び同2項)。
裁判員裁判の対象事件は、「死刑又は無期の懲役若しくは禁固に当たる罪に係る事件」または「裁判所法26条2項2号に掲げる事件であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪にかかるもの」とされており(法2条1項1号2号)、これにしたがってほとんど形式的に分類されると思われます。
ただし、上記の法3条の規定により、法2条で形式的には裁判員裁判とされる罪の公判であっても、裁判員裁判から除外される可能性が認められています。
したがって、上記の暴力団抗争事件が裁判員裁判で取り扱われるか否かについては、検察官から裁判員裁判から除外する旨の正式な申請があれば、被告人・弁護人の意見も聴いた上で、裁判所が決定で決めなければなりません。
裁判員については、一般市民の方々については潜在的には常に選任される可能性があるわけですので、どのような事件が裁判員対象事件となるのか、仮に裁判員になったとして、被告人等裁判関係者から何らかの威迫や危害を加えられるおそれがないのかについては、広く市民の皆様の関心事であると思われます。
裁判員裁判についての本格的な運用は、今年の夏から各地方裁判所において開始されます。特に暴力団抗争の事件については、一つの典型的な犯罪類型といえますので、仮に裁判所の判断がなされれば、同種の事案に関しての先例的な意義を有することとなる可能性もあります。
まず、裁判員となりうる市民の方々に申し上げたいのは、このような事案においてよく議論される、「事件関係者からの威迫等の危険」については、多分に抽象的なものであり、裁判員の方々に実際にこのような危険が及ぶ可能性はきわめて低いということです(刑事事件をよく扱う裁判官の体験談においても、有罪判決に関与してもいわゆる「お礼参り」をされたことは一度もないということはよくいわれていることです)。
仮に暴力団関係者の傍聴が多く予想される事件であれば、裁判所が法廷内警備を万全にすることで具体的危険を予防できることは保証されています。また、裁判上の証人への威迫の可能性がある場合と同様、裁判員を威迫するおそれがあると認められる場合にも、被告人の保釈が認められない等、法律的にも、裁判員の方々に対する危険が及ぶことがないように保証されています。
したがって、裁判員に選任された場合には、いわゆる「暴力団」が絡む事件だからといって萎縮することなく、真摯に公判での議論を聴き(場合によっては被告人へ質問することも認められています)、裁判官も交えた評議・評決に加わっていただきたいと思います。
ただ、評議の際にどのような議論が交わされたかについて、どの裁判員の意見かが特定される形で発表してしまうと(特に、ブログなど不特定多数人が閲覧可能なメディアにおいて発信してしまうと)、特に被告人に対して不利益な意見を述べた裁判員に対して個人的な攻撃をされる可能性がないとはいえません。裁判員の守秘義務(法70条)については、厳しすぎる等の議論もなされていますが、第一義的には裁判員の方々ご自身の利益を守るために定められているものです。特に自分以外の裁判員に対して不測の損害を及ぼしてしまうことのないよう、特に評議内容の取り扱いについてはご注意ください。