1.現職判事の司法制度に関する発言

 タイトルは私の発言ではありません。
 2009年7月11日(土)の毎日新聞の朝刊で、おもしろい記事を見つけました。
 見出しには、「弁護士増やせば質低下」と大きく書かれていました。
 同紙によると、札幌高裁の末永進・民事第2部総括判事が、出身高校同窓会のホームページに、民事裁判の長期化について、「弁護士の質の低下」が要因とし、司法制度改革による弁護士の増員を懸念する投稿をしていたことがわかったそうです。

 この記事を見たとき、以前にどこかの全国紙で読んだ、ある記事を瞬時に思い出しました。
 私の記憶が間違っていなければ、確か昨年だったと思います。何月頃かはよく覚えていませんが、最高裁が、司法修習生が修習終了時に受験する考課試験(いわゆる2回試験)の不合格者答案の中から、問題のある答案を紙上で一部紹介していたのです。
 答案の内容は忘れてしまいましたが、その記事の何が興味深いかというと、裁判所が2回試験の不合格答案の問題事例を世間に公表した点です。

2.増加する2回試験不合格者

 通称「2回試験」とは、司法修習生が修習終了時に受験する考課という国家試験のことです。司法試験に合格しているのに、再度試験を受験させられるので俗に2回試験(2回目の試験)と呼ばれています。
 昔は、2回試験で不合格になる司法修習生は原則ゼロ人でした。基本的には全員が合格していたのです。私は第48期司法修習生でしたが、私の同期も全員合格しています。
 ところが、正確な数字は忘れてしまいましたが、最近では、100人単位の司法修習生が毎年不合格になるそうなのです。

 実はこの2回試験に合格しないと、法曹資格を取得できないのです。
 裁判官、検事、弁護士のいずれにもなれません。したがって、司法試験に合格したにもかかわらず、この2回試験に落ちてしまうと、まるで天国から地獄に転がり落ちたような心境です。

 司法制度改革の重要な目玉に「司法試験改革」があります。
 私が司法試験を受験していた頃の年間合格者数は、約500人~約700人程度で2~3%程度の競争率でした。
 ところが、司法制度改革により始まった「新司法試験」では、第1回目の試験で約50%、第2回目は約40%強、第3回目は約30%の受験生が合格しています。ちなみに、昨年度の合格者数は、約2,000人でしたが、各紙で報じられているように、法務省は毎年3,000人合格させることを目指しているそうです。

 法務省の思惑をよそに、2回試験を実施している司法研修所(これは最高裁判所の直轄の機関です)では、大量の2回試験不合格者を出しています。もし、法務省の目標合格者3,000人が達成されたら、おそらく今以上の2回試験不合格者が出ると思います。

3.弁護士増員は誰のためか

 そもそも司法制度改革で司法試験合格者を大幅に増員した理由は、法曹人口、特に弁護士の数が足りない、もっと増加させないと社会のニーズに応えられない、というところにありました。
 要するに、弁護士人口増加の受益者は、国民(企業も含みます)です。

 弁護士会も今日では表向き弁護士数の増加に賛成しているようです。しかし、本当は反対したいんだと思います。競争相手が激増する規制緩和を歓迎する業界なんてありませんからね。
 しかし、弁護士急増に反対するグループの中に、今回の毎日新聞で紹介された高裁判事と同じように、
 「弁護士の質が低下する」
 ことを懸念して、弁護士急増の流れに反対する人たちがいます。
 要するに、
 「業界エゴではない。弁護士の質が低下すると、迷惑するのは国民だ。」
 と主張しているわけです。

 しかし、このような見解を主張する弁護士の声が弁護士会の中で大きな勢力になっているかというと、そうも言えないと思います。
 なぜならば、この見解に対して向けられる、よくある批判は、「質の低下を測る基準なんてあるのか?」、「質なんて客観的に分かるのか?」というものです。
 結局のところ、競争相手が増えるのが嫌だというのが本音だが、それはなかなか通らないので、世間に受け入れられやすい理屈を無理矢理持ってきただけではないのか、と反論されてしまいます。

 ところが、裁判所の利害は弁護士とは違います。別に、弁護士が急増しても裁判所が困るわけではありません。食えない弁護士が出てきたからといって、裁判官が食えなくなるわけではありません。
 したがって、裁判所や裁判官が「弁護士の質低下」を懸念し始めたとすると、それはかなり説得力のある話になってきます。

・最高裁が2回試験不合格者の問題答案をマスコミにリークしたこと
・2回試験で大量の司法修習生を不合格にしていること
・今回の高裁判事による「弁護士質低下」問題の投稿

 これら一連の事実を見ると、裁判所は、現状の弁護士数増加は行き過ぎだと評価しているものと解釈するのが合理的だと思います。
 これは、「質低下論」を主張する一部の弁護士にとって、思わぬ「援軍」ですよね。

 私は利害がちょっと異なります。
 私の場合はすでに法律事務所を経営している身で、今後も若い新人弁護士を採用する予定があるので、合格者が増加して新人弁護士の数が増えてくれることはむしろ歓迎しています。
 なぜならば、新人弁護士の市場価値が下がり、昔よりよりも低コストで新人弁護士を調達できるからです。

 だからといって、弁護士の質が低下するのも、法律事務所経営者としては困ります。なぜなら、新人弁護士の質が低下した結果、そのような弁護士が私たちの事務所に入所して来られても困るからです。
 おかげさまで、現在の所、私たちの事務所には「弁護士の質が低下した」と思われる弁護士は幸いにして1人もおりません。
 しかし、この調子で弁護士の数が増え続けると、そのうち私たちの事務所もババをひくかもしれません。
 これまでの一連の出来事を見ると、裁判所が示唆するように、現在の司法試験合格者数は、多すぎるような気がします。
 司法試験合格者は年々増加しているのですが、私の印象では、合格者数が1,500人を越えたあたりから、2回試験不合格者が急増しているような気がします。個人的には、このくらいがマックスかな、と思います。
 新人弁護士を低コストで確保したい私としては、今の流れは基本的に歓迎する流れではあるのですが、やはり程度問題です。弁護士の質があまり下がるのは、法律事務所経営者にとっても、そして、もちろん国民にとっても、あまり有り難い話ではありません。