1.ひな型契約書の功

 弁護士法人ALGにも何冊にも渡った契約書全書のようなものがあります。
 したがって、クライアントから求められれば、大概のひな型契約書を提供することは容易です。

 ひな型契約書の最大の利点は、なんといっても時間とコストをかけないで契約書を作成できる点でしょう。
 忙しいビジネス環境の中で、ゆっくりと契約書の中身を詰めている時間がなく、また、さほど重要性の高い契約ではないので、とりあえず無難にまとまっていれ足りるという場合もあると思います。
 このようなニーズに、ひな型契約書は見事に応えてくれます。

 しかし、よほど手を抜いても差し支えない特別な例外を除けば、私は、ひな型契約書をほとんどそのままの状態で活用することはお薦めできません。

2.契約書作成前に知っておくべきポイント

 そもそも契約書を作成する前に知っておいてもらいたいポイントがあります。
 それは、

① 私的自治の原則から、契約当事者は、原則として”法律とは異なる新しいルールを自ら作ることができる(契約の世界では、その契約者が決めたことが法律なのです)。
② 契約内容は、その当事者のバーゲニング・パワー(交渉力)に大きく左右される。
③ 自己に有利な契約書の作成に主眼を置くのか、それとも紛争の防止を最優先にすることに主眼を置くのかで、契約書の内容はかなり異なってくる。

①について

 契約法の世界には、私的自治の原則というのがあって、契約当事者が好きなように自分たちの法律を作れます。もちろん、その契約当事者にしか拘束力がありませんので、厳密には法律ではありません。
 しかし、その当事者に限って、自由にルールを作れるわけです。

 例外は、強行法規違反と公序良俗違反です。

 強行法規とは、当事者が法律と異なるルールを定めてはいけない、みんなで守らなければいけない法規です。例えば、不動産の対抗要件は登記である、というルールは強行法規です。なぜならば、人によって不動産の対抗要件が異なると、登記制度が機能しなくなるからです。したがって、強行法規に反する合意(契約)は無効です。

 公序良俗違反とは、分かりやすく言えば、反社会的な契約です。例えば、売春、賭博、暴利などなど……。このような契約は、社会にとってよくないので、法律はその有効性を認めたくないわけです。したがって、このような公序良俗違反の合意も無効となります。

 でも、それ以外は、どのような内容の契約を結ぼうと自由なのです。法律が出しゃばる場所ではありません。

②について

 交渉力を念頭に置いて契約書を作成しないと、せっかく弁護士に依頼して、御社に有利な契約書を作成してもらっても、契約の相手方から拒否されてしまえば意味がありません。
 結局、契約当事者の力関係が契約の内容に大きく影響します。

③について

 自己に有利な契約書を作成することと、紛争防止のために契約書を作成することとは、時として両立しなくなることがあります。
 なぜならば、紛争防止は、契約当事者の双方にとってメリットであるのに対し、自己に有利な契約は、専ら自己に有利で相手に不利な契約を意味するからです。

 例えば、「自己に有利」を重視すると、権利は明確に、義務は曖昧に規定しておいたほうがよいです。なぜならば、権利を明確にしておけば、権利行使するときに、相手に言い逃れをさせずにすみますが、義務を曖昧にしておけば、その解釈をめぐって争うことができるからです。「3日以内に支払う」ことに合意していますと争う余地がありませんが、「速やかに支払う」という内容であれば、争う余地がありますよね。
 しかし、曖昧にしておけば、それだけ紛争が発生するリスクは高まります。もし、紛争がいやであれば、自分の義務も明確にしておいたほうがよいわけです。

3.ひな型契約書の罪

 さて、上記のようなポイントを押さえた上で、ひな型契約書の問題点を考えてみましょう。

①について

 せっかく契約の締結では私的自治の原則が働いているのに、ひな型契約書は最低限のことしか書かれていません。
 法律の内容とは異なるけれども自分に有利になることや、また、その契約の相手方との関係ではほかにもいろいろ決めておいたほうがよいことがあっても、そのような事情はひな型契約書では考慮されていません。
 良くも悪くも、”無難”なんですね。

 相談者の中に、「今回の契約は、最低限のことが書かれていればいいから…」と言われる方がおりますが、本当に最低限でよいのか、もう一度考えて見る必要があります。単に、深く考えなかったから、「最低限でいい」と思いこんでいる場合も珍しくないからです。後で問題が起こって、「契約の時はそこまで考えていなかった……」なんてことはよくあります。

②について

 ひな型契約書では、契約当事者間のバーゲニング・パワーは全く考慮されておりません。
 当たり前ですが、ひな型を作成する人にとっては、そのひな型契約書を当事者のどちらが利用するのか分からないし、また、どちらも利用できるように作成しておきたいからです。要するに、中立的な内容なんですね。
 もし御社のバーゲニング・パワーのほうが強かったら後で後悔します。
 もっと御社に有利な契約書を作成できたはずなのに、ひな型契約書ではそのようになりませんから。

③について

 前述したように、自己に有利な契約書にするのか、紛争防止を重視するのかで、契約書の内容はずいぶん変わってきます。
 しかし、ひな型契約書では、このいずれもが充たされておりません。
 例えば、権利が曖昧で自己に有利になっていなかったり、また、権利も義務も曖昧で、紛争の余地を大きく残していたり……。つまり、ひな型契約書では、自己に有利な契約書にするという目的も達成できないし、紛争を予防するという目的も十分に達成することができないわけです。

 以上から、ひな型契約書はあくまでも参考程度にとどめ、実際に契約書を作成するときには契約当事者の力関係や契約書作成の目的を考慮に入れながら、しっかりとした契約書を作成すべきだと思います。