介護施設において、施設職員の入所者に対する暴力や暴言等のトラブルが発生し、ニュースで話題になることはしばしばありますが、入所者間のトラブルがニュースになることはあまりないように思います。

 私が調べたところ、過去の裁判例を一つしか見つけることができませんでした(大阪高等裁判所平成18年8月29日Lexis判例速報2号110頁。特別養護老人ホームでショートステイを利用していた人が、他の利用者に車椅子を押されて転倒し、後遺症を負った事例)。

 この裁判例においては、害を加えた利用者に対する賠償責任のみならず、当該ホームのショートステイ利用契約上の債務不履行に基づく施設の損害賠償責任を認めており、入所者間のトラブルに無関心でいることはできないはずです。

 しかし、裁判例が少ないからといって、入所者間のトラブルの発生数が少ないというわけではありません。

 入所者間のトラブルは実際には多く、喧嘩やいじめ、窃盗のほか、痴漢や露出行為、恋愛感情に基づくストーカー行為といった性的なものも生じることがあります。

 この点、我が国では、高齢の男女は、「お年寄り」とひとくくりにされ、性欲や、性的羞恥心が消失した存在として扱われる傾向が高いためか、高齢者間で性的トラブルが生じるなど思いもよらない方もいるようです。

 確かに、高齢になれば男女ともに生殖能力はなくなりますが、一人の人間が、高齢になったからといって、突然、男でも女でもない、「お年寄り」という生き物になるわけではありません。

 施設運営者としては、各入所者を、日ごろから尊厳ある一人の男性あるいは女性として遇し、異性の居室への立ち入りについて厳しいルールを設けたり、認知症等により特に性的な言動が目立つような入所者については、職員による見回りを強化したりなど、トラブルの芽を摘む努力を継続することが必要です。

 そして、万一の時には、速やかに加害者・被害者双方の家族と連絡を取り、誠心誠意対応するというフットワークの軽さを心掛けることで、入所者の家族からの信頼を失うこともなく、事態を収束に向かわせることができると言えるでしょう。