回答

 新たな入居者との間で、賃貸借契約を締結している以上、新入居者との間では、賃貸人が賃貸開始期日までに、建物を引き渡さなければなりません。
 引き渡しができなかった場合は、賃貸人の債務不履行となり、新入居者が物件に住むことができなかったことにより生じる損害を賠償する責任を負うことになります。例えば、引っ越し業者への費用(キャンセル料など)、住めない期間の代替住居又はホテル等に係る費用、宅建業者への仲介手数料など多くの損害が見込まれます。

 これらの費用は、賃貸人の債務不履行が原因ですので、新入居者との関係では、賃貸人自身が負担しなければならず、現入居者に請求する様に新入居者へ求めることができるものではありません。
 とはいえ、現状の問題を引き起こしている根本的な原因は、退去を引き延ばしている現入居者にありますので、こちらに責任を転嫁したいところです。現入居者は、自ら解約を申し入れ、退去日の確認にも応じているということですので、賃貸人に対して明渡し義務を負担していることは明らかです。明渡期限がくれば、現入居者は、賃貸人に対して、明渡し義務の遅延という債務不履行状態となるため、賃貸人も現入居者へ損害賠償請求を行うことができます。ただし、損害賠償請求の範囲は、不履行から通常発生する損害の賠償が原則であり、特別の事情から生じた損害については、予見し又は予見することができた場合に限り、賠償請求ができるとして限定されています。

 明渡し遅延による賃料相当額の損害金については、通常生ずる損害として請求することが可能と考えられますが、前述の賃貸人が新入居者へ負担せざる得なくなる損害賠償については、新入居者との賃貸借契約が締結されていたからこそ生じる損害であり、新入居者が決まっているかどうかという事態は状況によって左右されるうえ、知らされない限り現入居者が認識できませんので、特別の損害というべきものです。
 したがって、現入居者がこれらの損害が生じる事情というものを予見できる状態にしておかなければ、賃貸人から現入居者へその責任を転嫁できないことになります。

 そのため、退去期限が迫っている状態でとるべき対応としては、①退去を促すために、退去期限を明確に通知し、退去を迫ることはもちろん、②新入居者の入居が確定しており、それまでに退去及び原状回復等の入居準備が完了しない場合には、新入居者へ負担せざるを得なくなる損害賠償責任も合わせて請求せざるを得なくなる旨を、あらかじめ伝えておき、特別損害に相当する賠償責任についても通知しておくべきと考えられます。そのような賠償責任を転嫁されることを認識すれば、退去の意思を固め、具体的な退去日が確定されてくることもあります。

 なお、現賃借人に対しては、そのような対応を行いながらも、万が一間に合わない場合に備えて、新入居者との間で、賃貸期間を変更する交渉を行い、合意する方策もとっておく方が、実際に退去が叶わない場合や、退去したとしても原状回復が間に合わない場合にも備えることができると考えられます。