食べ物を咀嚼する機能が低下している入所者の誤嚥事故が介護施設で起きた場合、事業者は入居者の家族等から損害賠償責任を問われることがあります。今回は、事業者におけるリスク管理の一助とするため、裁判例の主な考慮事項を検討してみたいと思います。

 裁判例では事業者の過失の有無を判断するにあたり、①「事故発生に至るまでの経緯」と②「事故発生後の対応」の2点に分けて検討がなされる傾向があります。

 まず、①「事故発生に至るまでの経緯」について裁判例は、入所者の誤嚥の兆候の有無、その事実を医師の診断や所内記録等により事業者が認識していたか、事故直近の入所者の嚥下能力の程度及び食事介助の方法等を考慮しているものと考えられます。過失を認めた裁判例では、医師から嚥下障害を指摘されていたこと、及び厚生労働省の指針に沿った食事介助を実施していなかったことが指摘された一方、入所者にむせる症状はあったが、その症状が緩和されるときもあり、入所者が食事を全量摂取することも多く、事故以前に誤嚥の兆候がなかったことから過失を否定した裁判例もあります。

 次に、②「事故発生後の対応」については、事故直後の応急措置の有無及び内容、及び入所者の経過を注意深く観察し、容体に応じて医師あるいは救急隊等に対応を依頼したか等を考慮しているものと考えられます。背中を叩く、吸引機での吸引及び人工呼吸等をしており過失はないと判断した裁判例がある一方、応急措置で容体が回復した後、事業者が経過を注意深く観察せず、再度容体が急変しても救急車の出動を要請しなかったことから、過失があるとした裁判例があります。

 以上の裁判例に加え、厚労省では事業者の危機管理に関する指針を公表し、食事介助に関しても具体的な手順や留意事項を示して、指針に沿った介護体制を実施するための取り組みを行うように介護施設に求めています。事業者としては、これらを参考にしながら、危機管理のための指針を策定した上で、それに沿って職員を指導し、介助を実施し、それを適切に評価してリスク要因を洗い出すことが必要であると考えられます。