介護施設において、入居者が体調を崩すことは珍しくありません。しかし、常に医療機関に搬送するという対応を行うと、かえって入居者に負担を与える可能性もあります。そのため、入居者を医療機関に搬送するタイミングの判断は非常に難しいところです。
 この点、参考になる裁判例を紹介します。

 事案の概要は、A(77歳の男性)が、軽費老人ホームに入居していたところ、午前8時30分に微熱を伴う体調不良の状況となったが、施設がAを病院に搬送したのは午後1時過ぎであったところ、Aは急性硬膜下血腫と診断され手術を受けるも数か月後に死亡したため、医療機関への搬送義務を怠ったとして施設が親族から損害賠償の請求を受けたというものです。

 裁判所としては、施設の法令上の性格として、入居者は身の回りのことができる程度に自立可能なこと、入居者の日常の健康管理は原則として自己管理であること、施設が入居者に提供するサービスは①食事の提供、②入浴の準備、③各種生活相談と助言、④災害、疾病及び負傷等の緊急時の対応であること、及び施設においては入居者の通院は原則として入居者本人またはその家族による対応とされていること等を認定しました。

 加えて、具体的な事情として、施設職員がAの経過を頻繁に観察していたこと、バイタルチェックの結果特段の異常が見られなかったこと、親族に対して体調不良の事実を伝え親族による通院を勧めたこと、施設を出発するまでAの意識があったこと等を認定し、医療機関でない施設が、医療機関による治療を必要とする緊急事態であったと判断することは困難であった旨判示し、施設の搬送義務の懈怠を否定しました。

 このように裁判所は、軽費老人ホームにおける搬送義務については、施設の法令上の性格を踏まえ、一定程度緩やかに考えているようにも思われます。

 しかし、本件では、施設職員が具体的な対応を取っていたことを詳細に認定しており、かかる対応が無い場合には施設の搬送義務の懈怠を認めていた可能性も否定できません。

 そのため、入居者が体調を崩した場合には、施設の性格如何にかかわらず、適切に経過を観察し、体調に不調があった場合には親族への報告を行うなど、速やかに対応する必要があると考えられます。