介護施設において、利用者が介護を拒否する事態は珍しくありません。歩行するとき、ベッドから降りるとき、食事をするとき等、様々な場面において、職員が介護しようとしても、「自分でできるから」と拒否されてしまうことがあります。
では、利用者が介護を拒否したために職員が介護を行わず、事故が発生した場合、介護施設はその責任を負うのでしょうか。
この点について、横浜地判平成17年3月22日が判断を示しています。
同判決は、杖をついて歩行することができるが、歩き方が不安定であり転倒の危険があった利用者について、介護担当職員がトイレまで付き添って歩行介護をしたものの、利用者がトイレに入る際に「自分一人で大丈夫だから。」と言って介護を拒否し単独でトイレに入り、トイレ内で転倒した事案について、
「介護拒絶の意思が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、介護を受けるよう説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したというような場合でなければ、介護義務を免れることにはならないというべきである。」
として、介護義務違反を認めました。そして、介護を拒否して一人でトイレに入った利用者にも3割の過失割合が認められるとして、介護施設を経営する法人に7割の損害賠償責任を認めています。
同裁判例においては、介護施設の職員の専門性がポイントになっています。
介護施設の職員は、介護サービスを業として専門的に提供する施設の職員である以上、介護の専門知識を有するべきです。一方、利用者は介護の専門知識を有している訳ではなく、いわば素人です。素人の判断により介護を拒否されたとしても、施設職員は専門家として危険性及び介護の必要性を判断し、介護が必要であれば介護を受けるよう説明・説得すべきでしょう。そのような説明等をせずに、単に素人である利用者の意見を聞き入れ介護を怠ることは、義務違反となる可能性があり、本裁判例はそのような判断を示したものと考えられます。
ここから、介護施設としては、職員に対し、個々の利用者の身体の状況、必要な介護の内容、施設内の設備等を把握させ、また、個々の場面において専門的な知識を用いて危険性を判断し、介護の必要性を説明できるよう教育を行うべきと考えられます。また、介護を拒否する利用者に対しては当該専門知識を用いて介護受諾の説得をするよう、周知することが必要でしょう。